君が僕を許さないのだからわたしはけしてあなたを許さない。
荒川 麻衣
第1話 to the all of the people who have lived on this earth.
すべてのものたちへ
この世界には、
黄暦1993年。世界はその姿を変えた。バブル経済、泡のような幻、隅田川に存在する金色の泡を模したように見えるあの芸術作品が、あの時代の象徴だった。浅草とかつて呼ばれた土地は、現在、その猥雑さを消し、かつての面影はない。
「はーい、みんなー。今日の見学はこれまで」
必要以上に遠出しない、しゃべらない、と言った条件を満たすために、遠足という名の社会見学は、かつて浅草と呼ばれた場所からそう遠くない場所にある、記念館でおこなわれた。
という話を、カンテノームにすると、
「いやぁ、そんなことになっているんだー、今」
死者の書。エジプトからかつてのパクス・ブリタニカ、ピース・オブ・ブリテン、大英帝国による平和統治により手際よくエジプトから大英博物館におさまったパピルスによる書は、解読の結果、蘇生術と判明した。当時はまだ実現していなかったから、おそらく、実用化に2000年の時を有したのだろう。
友人のいない人間は、欠格事項により。死体を蘇生する権限を与える。そのよみがえらせる死体には、条件が
「さっきから、何ぶつぶつしゃべっているの」
「記録、だよ。かつてこの國には記録装置が存在した。それがこの」
苦労して組み立てた。設計書はなくても、見た目だけでも似せられれば、それで御の字だ。
「見たことないなぁ、それ」
カンテノームは、ロドルフォの友人だ。ロドルフォは、私の家庭教師だった。ロドルフォは戦争経験者で、かつてカンテノームを亡くした。わたしがカンテノームに会ったのは高等小学校の地下室で寝かされていた時で、その時、カンテノームは自分の名前を明かすと同時に、僕は妖精だと名乗った。カンテノームから「今度僕の親友であるロドルフォが君に会いに行くから、よろしく」聞いたのだった。
ロドルフォが家庭教師として我が家に、わたしの部屋ではなく離れに来たのはそれからしばらくのことだった。中等学校入学試験に合格するために、わたしの義理の、というと婚姻を結んだときに加わる家族を指すから、ここでは養母、いや、養うという能力を欠いた偉大なる男性的な母、「神さまみたいないい子」だったから、便利だから育ての母と呼ぼう。クソみたいな、まるでゴミ溜めのような母親だったが世間さまは厳しい、市民さまのご機嫌を取るために仕方ない。
そうだ、ロドルフォとわたしの初対面の話には続きがあった。
ロドルフォにカンテノームのことを伝えると、彼は目を見開いた。だいぶ大きな瞳で、外国の血が入っていたらしい。汚らしく年季の入った背広にはいつも、わたぼこりがついていた。それでも、育ての母はロドルフォを歓迎したー学校の先生にはロドルフォのことを言ってはならない、ときつく厳命、おっと、ロドルフォが今生きていれば怒られるところだ。きつくも厳命も同じ意味だとね。
ロドルフォは、わたしが大学を出る前に亡くなった。おりしも就職不況で、ロドルフォを愛していたわたしは、彼の墓参りにも行かず、就職先を求めて駆けずり回っていた。ロドルフォの眠る浜見台墓地は広く、遠く、都会と棟城の往復は大変なのだ。
大学の図書館で声をかけてもらったのはその時だ。感染症が広がる前で、ギリギリ残っていた、波人の優しさに救われたのだ。ありがとう、波国の人。
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