長編小説(仮)

ろねっきー

その1


 もうすぐ半年に一度の零灮(れいこう)祭りが開催される。

 おれは楽しみでいっぱいだった。祭りのメインイベントであるトーナメント戦に参加して優勝したかった。

 なぜなら剣や銃をベースにして、零灮エネルギーを用いた異能バトルに勝ち抜いていくと、優勝賞品として大金塊が授与されるからだ。

 こいつを換金すれば街の一等地に庭とプール付きの豪邸を建てて数年は遊んで暮らせる。大会の主催者である零灮エネルギーの関連会社を統べるグループの会長が、変わった趣向の持ち主で良かった。

 きっと特殊なエネルギーの利権による収入が豊富で金を余るほど持っているのだ。ちなみに現社長が当国の出身らしく、大会が毎回この地で行われるようになった。

 もとは貧困街の多い土地であったが、大会が開催されるごとに経済が豊かになりつつある。

 だが今のおれの生活は貧しい部類だ。ほぼ毎晩安い屋台の飯を食い、安い低級の酒を飲んで、狭い小屋に帰って薄くて冷たい中古布団にくるまって寝る。

 たまに布団から『兄ちゃん寒かろ』『おまえも寒かろ』という幼い兄弟の声が聞こえ、訳が分からないまま夜明けまで寝られない日もあった。

 よってこんなうらぶれた生活からおさらばしたいと常々願っているわけだ。

 たいした学や経歴のないおれにとって、祭りで優勝して大金を獲得すること──それは今の貧しい人生からの唯一の脱出法である。

 だから彼女と意気投合して半年前から準備に勤しんでいた。けれども悲しいことに、共に頑張ってきた彼女はもうそばにはいない。

 なぜなら彼女は一人で旅立ってしまったからだ。『さよなら』という簡潔な一文の紙をテーブルに残して……。

 理由がまったくわからなかった。貧しさが原因とも思えなかった。

 その後おれは日々しょっぱい酒におぼれて言いようのない苦悩に二か月ほど打ちのめされた。

 しかし現在どうにか復帰し、今日も今日とて装備の資金を稼ぐため、バイトに汗を流している次第。

 月給三か月分を投資して改造した愛用のレールガン(肩に担ぐやつ)の手入れは欠かさない。磨き終わったこいつは祭りの必須アイテムであるおれの相棒なのだ。

 バイト先のわたあめ屋のポップをペンキで着色していた時、知り合いのジェットエアバイク店の『ウベスティーニ』が声をかけてきた。

「やあ。どうだい調子のほうは? 今年も優勝候補は相当手ごわいみたいだな!」

 おれはハケを塗料缶に置き、額の汗をぬぐい去る。

「ああ、そうだな。あいつはかなりの強敵だ。だがおれは死力を尽くして絶対に勝つ」

 ウベスティーニは「ほほう」と微笑を浮かべ、食っていたホルモン焼きの串をこっちに向けた。

「なかなかはりきってるじゃないか。しかしだな。やっぱり君でも勝てない相手かもしれないぞ?」

「わかってる。……だがな、せっかく高めた自信を崩すようなセリフはよしてくれ」

「それはやっぱりアレだな?」

 おれは深くうなずき、のちに熱い闘いが展開されるであろう祭り会場のほうへ目力を込める。

「ああ。……その相手が『零灮娘』だからさ!!」

「……」

 彼は無言でおれから目をそらした。

 そうなのだ。今年こそ優勝を狙っているのだが、それに付随する問題として零灮娘の出場があるのだ。この事実だけで心が折れそうになる。

 しかも彼女は優勝賞品である大金塊と各優秀賞を独りじめにした猛者なのだ。初出場でありながら見事な活躍をみせ、会場で見守っていた大勢の観客の息をのませる展開を次々と披露した。

 ウベスティーニはおもむろにおれのエアバイクにまたがり、慣れた手つきでトグルスイッチを順番に上げていく。最終電源ボタンを押そうとしたが、突然バイクが自動的に起動した。

 ハンドルの中央にあるモニターが光って、そこから妖精が浮かびあがる。

「こらロキストール! 手を止めて油を売ってる場合じゃないでしょ。いつまでも遊んでないで早く準備に勤しみなさい」

 こいつはエレクトロニック妖精の『パピー』だ。

 パピーはライムグリーンのショートヘアを七三分けにして、今日も姉御肌な態度で口うるさくおれを鼓舞してくる。威勢よく腰に手をあててウベスティーニを「しっし」と追い払う動作をみせた。ちなみにロキストールとはおれの名。

「ああわかってる。というわけでウベスティーニ。そろそろ自分の店に戻らないとこの時間は客が集まるだろう」

「店番は息子と娘に任せてあるから問題ないさ。それよりもお前、今回の大会にあわせて相当チューンナップを施したみたいじゃないか!」

 さすがはホバリング式ジェットエアバイクの店主である。

 エンジンをかけてアクセルを数度捻っただけで、その雄々しい音と回転数の上昇ぶりをみて、今回おれが給料六か月分を投入してバイクをレベルアップしたことを見抜いたらしい。

 ちなみに欲しい部品だけをウベスティーニの店で取り寄せて、組付けとセッティングはぜんぶ自分でやっていた。なぜかというと工賃その他の費用を節約するためだ。

「まあな。0-100の加速タイムは約3秒で最高速度は420km/hまで上げた。これで去年おれが準決勝で敗退した最たる原因である、『零灮スプラッシュ・ビッグウォーターフォール』を回避することが適う」

 おれはカウボーイハットを頭にのせてすっくと立ち、ワークパンツについた土埃を払った。

 そうこうしているうちに夜がやってきた。

 おれは自宅のバラック小屋でひとり、ブーツを履いたまま足をテーブルにのせてウイスキーグラスを傾けていた。

 指に挟んだタバコの紫煙が、天井でおだやかに回転する羽にかき混ぜられる。まぶたをそっとつむれば去年の準決勝が脳裏に浮かんできた。

 ──そうだ。あの時おれは完全に油断していた。

 陽動にはまったあの瞬間、相手選手の零灮ビームに対して、おれは反応がコンマ数秒遅れたのだ。

 次いで放たれた必殺『零灮スプラッシュ・ビッグウォーターフォール』が、天空からおれと愛機のバイク目掛けて、無慈悲に襲い掛かってきた。

 会場の電光掲示板に相手が勝利したことが表示される。

 おれは渦巻くような観客の熱狂的な声のなか、負傷した姿で相手を眺めた。勝ち名乗りを受けた相手選手が大手を振って観客の声援に応えている。

 臍を噛むほど悔しかった。大枚はたいて改造した愛機はエンジンが零灮を吸ったことで廃車になった。

 しかし今年は違う。昨年よりもさらに磨きのかかった射撃技術とバイクの操縦ぶりを身に着けているのだ。

「いや……」

 ふと気づいて頭を振る。──思考に怜悧な笑みを浮かべたあいつが登場する。下馬評で今年も優勝をものの見事にかっさらうと噂がのぼっているあいつ……。

 そう。最大の強敵である『零灮娘』だ! 

 おれは去年観戦した決勝戦を回想した。

 長くて艶やかな黒髪のポニーテールにホワイトシャツ一枚のあいつは、素足のまま湖面を静かに跳ねるように舞い、迫り来たる攻撃を次々とかわしていった。

 途中から愛機のジェット式バナナボートを駆り、相手のスタミナを徐々に削ってゆき、やがて疲弊した隙を狙う。

 相手が最後の一念のごとく発動した奥義、『ジェノサイドアルティメット・零灮スプラッシュ・サイズミックシーウェイヴ』。

 その巨大な津波が零灮娘に押し寄せ、手前で無数のつぶてとなってどれほど光が迫ってこようと、彼女にはまったく通用しなかった。

 零灮娘は涼しい顔で宙に躍って容易にかわし、トドメの大技、『涙にくれる切ない夜は未来の貴方ために』を撃ち放ったのだ。

 それは七色の光を帯びたシャワーが、あらゆる方向から超高速で迫る。

 目にも止まらぬ速さとはまさにこのことだ。桃色のリップを塗った柔らかそうな唇から技名が発された刹那、対戦相手は棒立ちのまま力なく後ろにバタリと倒れ、電光掲示板に意識が喪失したことが表示された。

 しかも今まで彼女の常勝パターンにハマった相手は、野良の戦闘と合わせてゆうに500を超えるという。

 そしてあの時、零灮娘は高飛車なポーズで相手を見下ろし、パレードに参加することなく、黙って賞品受取りのサインをして会場をあとにした。

 その高貴に去り行くポニーテールとホワイトシャツには、汚れた染みなどまったく付着していなかった。

「おいロキストール! とんでもないことが起こったぞ!」

 突然、入り口の綿布が跳ね上げられ兵隊靴の男が飛び込んできた。幼なじみの『ヤーデンカーデン』だ。

 おれは思考を遮断された苛立ちを隠すことなく、カウボーイハットを上げてグラスの酒を飲み干した。腰のホルスターからカスタムバレルのリボルバーを出して銃口をスチャリと向け、ぶっきらぼうに応じる。

「今夜はひとりでしっぽりと飲んでいる最中なんだ。辞世の句が詠みたいなら不躾な真似は控えるんだな」

 ヤーデンカーデンは『まいった』というふうに両てのひらを見せた。

「待て待て。急に入って来てわるかった。そんなコトよりもだな、いやそんなコトは失言だがとにもかくもかくにも信じられねえ報せが入ったぞ」

「あずましくない野郎だな。セリフを噛んでいるぞ。何があったのか知らないが貴様のケツの穴にこの圧縮零灮弾を連射してやるぞ」

「おいおいおい。今日はずいぶんと口が辛いじゃないか。ホラ、これでも食えよ」

 おれは片手でキャッチしたアボカドをズボンでぬぐい、一口かじって勝手知ったる相手を見据えた。銃は腰にしまって代わりに酒をグラスに注いだ。

「用件は手短に済ませろ。おれはこれから二泊三日の予定でレンタルした新作エロBD『淫でペニスDAY』をネタに一発シコって寝る予定なんだ」

「個人的な予定ならあとにしてくれ」

「それで? 報せっていうのはいったい全体なんなんだ?」

 おれは革の編み上げブーツのカカトをテーブルの上で踏み鳴らす。ついでにアボカドを一気に食らった。

 ヤーデンカーデンは刷ったばかりのインク臭そうなビラをこっちに突き付けた。

「聞いて驚くな! 零灮娘が死亡したぞ!」

「なんだって!?」

 一瞬後、すべての景色が遠のいた。拍子に木椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。

 だがすぐに何かのわるい冗談だと思い、テーブルから足をおろして椅子を蹴って立ち上がった。グラスを床に叩きつけ、ガラスの砕けた音を耳にしつつヤーデンカーデン目掛けて叫ぶ。

「詳しい話を聞かせろ! 零灮娘が死んだ? そんなはずはない! あいつは今まで数多の猛者を相手に勝ち抜いてきた歴戦のファイターだぞ。まだ16才の乳くさい小娘だがそう簡単に死ぬようなタマじゃねえ!」

 確かにとてもじゃないが信じられない報せだった。

 おれはブーツを鳴らして詰め寄った。それから相手のえり首を持ち上げて、腹立ちまぎれに頬を二三発ぶち払ってやろうと睨みつけた。

「おいヤーデン! 顔面をぶよぷよの青紫色にされたくなければビタミンとミネラルを豊富に含むアボカドをもう一個よこせ。それでチャラにしてもいい」

「いやまあ落ち着け。ここでおれ相手に取り乱したってどうにもならないぞ」

 ヤーデンカーデンの言葉を無視して奴の手からビラをむしり取った。ついでにアボカドもひったくった。

 新しいインクの匂いのする文字列に目を走らせ、内容を読み取りながらアボカドを指で押して乱雑にかじった。熟した果汁が手首を伝って皮革のバトルジャケットを濡らしているが今はそれどころではない。

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