渚
ふゆ
渚
「ねぇ見て、綺麗な石。しかもハート型よ!」
砂浜を駆け回っていた彼女が、渚で見つけた石を、得意気に俺に見せた。
「嬉しい、今日の記念に取っとこうかな」
俺は今日、この海岸で
美波と俺は幼なじみで、高校を卒業すると、二人揃って地元の企業に就職した。
「ねぇ、これからお墓に行こうよ。
「今日はよそう。もう日が暮れるし、美波のお父さんの許しも、貰ってないだろう」
「ん~もうぉ…。じゃぁ、今報告する!」
そう言うと、美波は渚まで駆けて行き、海に向かって叫んだ。
「航のお母さ~ん!私達、結婚しま~す。きっと、きっと幸せになりま~す」
十年前の初夏、入梅はしたものの雨らしい雨は降らず、「洗濯がはかどって助かるわ」と、母は嬉しそうだった。
しかし、七月に入ると天気は一変し、大雨が続く予報に変わったのだった。
俺の住んでいる地域は、街の中央に川が流れる山沿いの新興住宅地だった。
もうすぐ夜明けという午前四時頃、雷と激しい雨音で目が覚めた。同時にスマートフォンが、けたたましく鳴った。避難指示を伝える一斉メールが届いたのだ。
一階に降りると、母も起きておりテレビを見ていた。この地域に集中豪雨が途切れることなく降り続いていることを伝えていた。
「美波ちゃんの所は、大丈夫かな?お父さん脚が悪いから、避難も大変じゃないかな?」
美波の家は、川近くの平屋だった。ラインを入れてみたが反応がない、電話もつながらなかった。
「母さん、美波の家に行ってみるよ」
「それがいいわ。私は大丈夫よ、ここは川からも遠いし、一人でも避難はできるから」
俺は、少し不安だったが母の言葉を信じて、坂道を川まで下った。美波の家に着くと、床下まで浸水していた。スマートフォンを水の中に落としてしまい、連絡ができなかったらしい。
体力には自信のあった俺は、美波のお父さんを背負い、避難所まで二人を連れていった。
「航のお母さんは、避難してるの?」
その時、悲鳴が上がった。
避難所のテレビに、大規模な土砂崩れが多くの建物を押し潰す映像が映し出されたのだった。
俺は、言葉を失い凍り付いた。粉々に潰される建物の中に、母と暮らす家があったからだ。
咄嗟に飛び出して行こうとしたが、「今出るのは危険だ!」と、周りの人に止められた。
「きっと母さんは、避難所に向かっているに違いない」
雷と雨の音が響き、重苦しい雰囲気に包まれた避難所で、祈るように母を待った。しかし、朝になっても母が現れることはなかった。
降り続く雨が、救助作業を阻み、災害現場に近づくことができなかった。
雨が小康状態になると、すぐに自衛隊も加わった救出作業が行われたが、母は戻らなかった。
「何故、助けられなかったんだ。美波の家に一緒に行けば良かった…」
後悔の念が、俺を苦しめた。
そんな俺を、美波は励まし支えてくれた。
そして、十年の歳月が流れた。
心のむら雲が全て晴れた訳ではないが、美波との結婚を機に、人生をリセットさせようと、ようやく決心することができたのだった。
「航!大変よっ!!」
結婚式を間近に控えたある日、美波が血相を変えて飛び込んできた。
「航がプロポーズしてくれた日に、海岸で拾ったハート型の石があったでしょ。知り合いのアクセサリー店に加工をお願いしたら…この石、骨かも知れないって…」
美波は、握りしめた手のひらをゆっくりと開いた。
普通なら、海の生物の骨だろうと思うところだ。あの出来事がなければ…俺は、すぐに警察に相談に行った。
約一ヵ月後、警察から連絡が入った。
「DNA鑑定の結果、持ち込まれたものは、航さんの極めて近いご親族、つまり、ご両親かご兄弟の骨に間違いないと判明しました」
「母さんだっ!」
自然に涙が溢れた。長い長い時を越えて、今ようやく母と再会することができたのだ。
すぐに美波に伝えた。
「航がプロポーズしてくれた日に、お母さんに会えてたなんて…きっと、私達の結婚を祝福するために現れてくれたんだわ…」
結婚式の当日、俺は胸ポケットに母を忍ばせて臨んだ。誓いの後、俺と美波は母の声を確かに聞いた。
「おめでとう、航、美波ちゃん。私を見つけてくれて、ありがとう」
渚 ふゆ @fuyuhara
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