第3話 告白

「……遅い、遅すぎる」


 人を待たすってレベルじゃねーぞ。

 相手はまさかの遅刻。

 なんで俺相手にこんなに遅いんだよ。来たら一発ぶん殴って……いや、けれど今回はあまり良くないかもしれない。

 何故なら——


「ご、ごごご、ごめんなさいっ……!」


 たたたっ、ズデン! と何もない場所で転ぶ一人の女子生徒。


「へ、へーき……かな?」


 どうして疑問形なのだろう。

 その少女は、柔らかさの増した閑古鳥の鳴き声のような声で、土埃で汚れた服を手で拭いながら、こちらへと向かってくる。


「わ、私……あの、えとえと……」


 自信のない臆病な瞳、溶接に失敗した鉄のように曲がった背中、叩いたら折れてしまいそうなほどに、華奢な身体。鷲掴みにあったのであろう乱れたミディアムヘア。

 いじめられっ子の象徴をコンプリートしたかのような風貌に「あぁ、なるほどな」と思わず口ずさんでしまう。


「えっと、その……言われて、きたんですけど、合っています……か?」


 だが、ポジティブに考えれば『萌え』の象徴にもなりかねないこの女は、先程クラスでイジメを受けていた女子生徒だ。


「……お前が——篠崎ゆか?」


 先程、怒鳴られていたクラスのイジメられっ子だ。

 初対面ではないにしろ、会話を交わした事のない相手をお前呼ばわり。

 本来ならば、失礼にもほどがある。


「あっ、合って……ます……」


 コミュ障特有の『返事の前に「あっ」を付けちゃう』スキルをお持ちのよう。

 だから、こんな奴に気なんて遣う必要なんかない。


「ごめん、なさい……身だしなみを、整えていたら、遅くなっちゃって……」


 そうだな、さっきゴミ箱の中身をぶっかけられていたもんな(卑猥な要素0で)。

 俺はちゃんとした会話をすべく「別に良い」と返事をした後、出来る限りの笑顔を取り繕って、こう言った。


「……実は、話があるんだ」

「ひっ……」


 たまに言われるのだが「お前の作り笑いって殺し屋みたいだよな」って。

 そのせいか、予想以上に驚かれてしまった。

 やはり、俺は相手を気遣ったり、愛想を浮かべる事が苦手である。

 更に言えば、どうしてこんな事をしなければならないのだ……という気持ちが強い。


「ご、ごめんなさい、私何か悪い事をしました……か?」


 篠崎ゆかの警戒心を解けそうにない。

 ……まぁ、無理もない。

 ここは体育館裏。学内スキャンダルを避けるべく、不良が下級生をカツアゲしたり、調子に乗っている奴をシメる場として、最も有効活用されている場だ。

 きっと、この子は今から酷い事を受けるのではないかと、被害妄想で脳を膨張させているに違いない。だから——


「お前って、案外可愛いよな」


 ——俺は、単刀直入に告白をした。


「……ふえ?」

「いや、だから可愛いよなって言いに来たんだよ」


 どうしてだろう、何か微妙な反応をされている。

 答えはイエスかノーのハズだ。

 なのに、何と答えたら良いかさっぱり分かっていない様子。


「あの……それだけですか?」


 ……なんなんだ、この高飛車な態度は?


「いや、この状況わかんだろ」

「ごごっ、ごめんなさい……あ、あぁっ、ありがとう、ござい……ますっ!」

「ありがとうじゃなくてな、他に言う事あるだろうが」


 この上手くいかないやり取りにイライラしてしまい怒鳴りつける。

 そのせいで彼女は萎縮してしまい、言葉に詰まったようだ。


「あ、あう……あうあう……」


 何だか見ていて、徐々にイライラしてきた。

 ……もう見て分かるだろうが、これは罰ゲームなのだ。

 イジメられっ子の篠崎ゆかに告白をして、一か月間付き合うというお話である。

 しかし、ドンくさい彼女はなかなか返事を出そうとしない。


「良いから答えろよ」

「な、何を、何をですか……?」


 答えが決まらないのだろうか、時間稼ぎをされているような気がする。

 けれども、この煮え切らない反応を見る限り、イジメられているのも分かるような気がする。

 そして、コイツはこんな事を切り出してきやがったのだ。


「あ、あの……ごめんなさい……」


 謝罪だった。

 何に対する無礼を詫びているのか分からないが、俺は我漫が出来なかった。


「おい」


 ビクリと肩を震わせ、小動物はこちらを向く。

 俺は衝動に任せてキレ気味に伝えた。




「俺と付き合えって言ってんだよ!」




 乱暴な言葉だった。

 流石の俺でも、こんな言われ方をすれば逃げてしまうのではないか。

 そう思ったのだが——


「……」


 篠崎から怖がる様子は消え去り、ぽかんと口を開けていた。

 経験談だが、俺が乱暴な言葉を使うと、大抵の女子は驚いたり竦んでしまう。

 しかし、彼女からはそう言った素振りがなく、妙な気持ちを覚えた。だが——


「俺の彼女になれって言ってんだよ」


 感情に任せた命令口調でそう告げると、篠崎ゆかはコクリと頷いた。


「わ、わかりました、ううん……わかった」


 逃げられないと思ったのだろうか、そっとこちらにまで近寄って手を差し出してきた。

 付き合うというのは、こういう事をするのだろうか。


「分かったらそれでいいんだよ」


 ペシッ。

 俺はその小さくも色白な手の甲をはたき、その場を後にした。



 ——そして後日談だが、蓮たちから「なんだその告白は」「お前が高飛車だろ」

「もしかして、恋愛初心者……?」「恋愛心理戦かよ」などと、散々に言われた。 

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