第9話 VSチャンピオンー4

 コロシアムからの帰り道、今日のチャンピオンの試合を振り返りながら、未来とテアはどういう戦法でチャンピオンと戦うかを話していた。


「あの盾をどうやって対処するかが問題だな。ぶっとい尻尾の一撃食らっても傷すら付かないうえに稲妻食らってようやく砕けるとかマッドネスメイデンの比じゃないくらい堅いぞアレ」


「やっぱりミライさんも何か武器を持った方が良いんじゃないですか?」


 テアの提案に一理あると思い、どんな武器が良いかと未来は頭を悩ませてはみたが、やはり今まで徒手空拳で戦ってきているので、今更武器を持つというのは未来にはしっくりこなかった。


 それに試合まで後6日しかないのにどんな武器を持つにせよ、真面に使いこなせるようにまでに慣れる時間が無いのだから、寧ろ今まで通りに戦うのが未来にはベストに思えた。


「付け焼刃で武器持ったところで逆に戦い辛くなりそうだし持たない方が良いかもしれないな。それにスピードだけなら多分俺の方が上だからそれを活かして盾と剣を躱しながらいつも通り懐に潜り込んで殴るかぶん投げるかするのが一番良い気がしてきたぜ」


「それもそうですね。でもやっぱり何か使えそうなものが無いかパパの工房を家探ししてみますよ。まだ試合までは日数があるんだし何もしないよりは良いですから」


 トラウマを乗り越えたテアは最近マリオンのことを父やあの人などとよそよそしく言わなくなり、小さい頃のようにパパと呼ぶようになっていた。


 そのことが未来には親子の絆を結び直す手伝いが出来たような気がしてうれしく思っており、チャンピオンとの試合が終わったら勝利報告を兼ねて一度墓参りにテアを連れて行こうと考えていた。


 ついでに亡くなっているとはいえ筋は通すべきだと思っているので、墓前で娘さんを下さい、必ず幸せにします、という定番のセリフを言うつもりでもある。


 家に着くと、未来はテアの夕食の準備をする為にキッチンに立ち、テアは2階のマリオンの工房で何か使えそうなものは無いかと探し始めた。


 だが、マリオンが未来の体を作る為の資金稼ぎで売り払ったせいで過去にあった筈の剣闘人形用の武器や防具の類は全くと言っていい程無くなっており、使える物があるかどうかの騒ぎでは無い状態だった。


 それでも何か無いかと箪笥の引き出しや材料の残りが入った木箱を開けて漁っていると、未来の体の予備パーツが入っていた箪笥の一番下の奥から、懐かしいものが出てきた。


「パパ、こんなの取ってあったんだ……」


 それは昔、人形師と剣闘士を目指すと言ったテアに人形作りの練習になるからとマリオンが作り方を教えながら一緒に作った剣闘人形用の装備。


 簡単な造りだし、何年も前のものだから古くもなっているうえにサイズだって未来には合わないだろう。


 それでもテアはこの装備が亡き父からの贈り物のように思え、未来にこれを付けて戦って欲しいと思った。


「試合当日までには何とか仕上げないと」


 補修と改良、サイズの調整をする為テアは机に向かうと一心不乱に作業を始めるのだった。


 翌日、テアは朝から工房に閉じこもって作業を続け、最初は工房に閉じこもったことに不安を覚えた未来だったが、自分の為の装備を用意するからと言われて一安心した。


 テアが試合に備えて出来限りのことをしているのに自分はただ家事をしている訳にはいかないと思った未来は連日コロシアムに通ってチャンピオンの試合を見ることで、何か弱点の一つも無いかと人間ならばドライアイになりそうな程食い入るような程観察を続けたが、圧倒的な強さで勝利するチャンピオンへの対策を思いつかないまま無常にも日数が過ぎていった。


 そして試合前夜、いつものように同じベッドに入って体と心を休めようとしたテアと未来だったが、いつもと違って未来がリラックスしていないことにテアが気づく。


 眠れなくてもベッドで横になって瞑想の真似事をして何も考えずにいるだけで休まると言っていたのに、今日の未来は何やら考え込んでいるらしくもぞもぞと動き、落ち着かない様子だった。


「ミライさん、どうしたんですか? 休めないんですか?」


「悪い、横で動かれちゃ眠れないよな。今日はちょっとリビングでいるから1人で寝てくれ」


 そう言ってベッドから抜け出そうとする未来を引き留めたテアは、いつも落ち込んだり辛い時に未来がしてくれるように抱きしめると、頭を撫で始める。


「何が不安なのか教えて下さいよ。私で力になれるんだったら何でもしますから」


 いつもと立場が逆だと思いながらも、未来は今の状態が心地良くなり、思っていたことを打ち明ける。


「ここ何日かずっとチャンピオンの試合を見てきたけど全く勝ち筋が見えないんだ。弱点が無いか観察すればするほど実力の差を思い知っちまって負けるかもってついつい考えちまうんだ。ただ腕とかが壊れるだけならまだしもブリッツキマイラみたいに完全に動かなくなったら俺ってどうなるのかと思うと急に怖くなってきてさ……」


 今まで自分を励ましてくれることはあっても自信が弱っているところを一切見せてこなかった未来の今の姿に、未来とて中身は人間なのだから弱ることもあって当然なのに今まで自分は支えてもらうばかりで何も出来ていなかったことに今更ながら気づく。


 これではまた父のように大好きな人が狂ってしまうかもしれないとテアは思い、反省する。


「だったら試合、出るの止めませんか? 別に出て稼がなくたって私、ミライさんと一緒だったらどんな仕事だって耐えられますからジェシカさんの元で働いて借金を返せばいいじゃないですか」


 未来は自分を励ます為にテアがそう言っているだけだと思い、テアの胸から顔を上げて彼女の顔を見ると、本気でそう思っていると目が語っていた。


 例え身売りのような真似をしてでも、自分を守ってくれようとしたテアに比べて、自分から試合に出て借金を返すと言って起きながら、勝てそうになかったら弱腰になって逃げだしたくなった自分に未来が腹が立ってきた。


 情けない自分に活を入れる為、頬を殴る。


 当然痛い訳ではないが、こうして未来はいつもの勝気な自分を取り戻した。


「情けないところ見せて悪かったなテア、もう大丈夫だ」


「良いんですよ。いつも私が支えて貰ってばっかりですから」


 テアはもう一度未来を抱きしめると自分が寝落ちするまで未来を撫で続けた。


 そして翌日、気力と体力が共に充実した状態で未来とテアは決戦を迎えるのであった。

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