第7話 修理と特訓‐5
「……剣闘士ってこんな家買える程稼げるもんなんだな」
「多分賞金だけじゃ無理ですよ。賞金だけでこんな家買えんだったら私借金なんて背負ってませんって」
ジェシカから受け取った住所に着いた二人は、目の前の大きな庭付きの屋敷に揃って圧倒されてポカンとしていた。
しばらくして正気を取り戻した二人は、今度は呼び鈴がどこにも見当たらないせいでどうしていいか分からずにわたわたすることになる。
「どうしたもんかな。柵よじ登って不法侵入でもするか?」
物騒なことを言い出した未来をテアが引き留めていると、屋敷の中から未来のコスプレ服とは違うきちんとしたクラシカルなメイド服を着た本物のメイドが出てきた。
「すみません、当家に何か御用でしょうか?」
柵を掴んでよじ登る手前だった未来は慌てて手を離して平然を装う。
「騒いでしまってすみません。モンテーロさんにここを訪ねるように言われたテア・ガラノンと言います」
年上の筈なのに子供のような行動を取っていた未来に少し呆れながらもテアはメイドに名前と要件を告げる。
するとメイドは事前に主人から2人が訪ねてくるのを聞いていたらしく、屋敷の中へと通してくれた。
「ご主人様は裏庭でお待ちですのでどうぞ」
メイドに案内されて裏庭に行くと見覚えのある黒のレザースーツを着た女がテーブルセットに座って二人を待ち構えていた。
「二人共いらっしゃい。待ってわよ」
「ご、拷問妃! なんでこんなとこに居るんだよ!」
「何でと言われてもここ、私の屋敷よ」
未来とテアは2人揃って驚きの声を上げた。
ジェシカが用意したテアに剣闘士としての技術を指導してくれるという人物とは、拷問妃セリーナ・ドゥエスだったのだ。
「ジェシカから頼まれたから引き受けたのよ。誰かさんにマッドネスメイデンを破壊されたおかげでしばらく試合に出られなくてやることも無いしね」
嫌味ったらしくそう言いながらセリーナは2人の特訓相手を引き受けた経緯を話し始めた。
ジェシカとセリーナは元奴隷仲間で、今でもたまに互いの家を行き来して飲むくらいには交友が続いてた。
先日、いつもの宅飲み会をしているとジェシカが酒の勢いでテアの指導者を探しているが現役の剣闘士にはライバルを育てるなど御免だと断れ続け、かと言って現役を退いた剣闘士の居場所など分からず頼める相手がいないことを愚痴った。
それを聞いたセリーナが友の為に人肌脱いだということらしい。
「ジェシカの奴アンタとの試合が決まった時なんも言ってなかったぞ」
メイドが用意したティーセットが置かれたテーブルを挟んで座るテアとセリーナの後ろで未来が腕を組みながら意外そうな声を出す。
「彼女、仕事とプライベートはきっちり分けるタイプだから仕事関係で付き合ってる人間に自分のことはあまり話さないわよ」
そういうものかと納得した未来を余所に、テアは本題を切り出す。
「あの、指導の件なんですけど……」
話が逸れていたことに気づいたセリーナは、テーブルから立ち上がると二人を屋敷の中の大量に本が置かれた一室へと招き入れた。
「ここにある本全て、過去に剣闘試合に出ていた剣闘士たちの自伝や対戦成績、剣闘人形について書かれたものよ」
数百冊はあろう蔵書全てが剣闘士関連ということに驚く未来だったが、セリーナが放った一言に未来は屋敷から逃げ出すことを決めた。
「ミライ、貴女の事情はジェシカから聞いてるわ。それで貴女にも色々教えてやって欲しいって言われたんだけど剣闘人形に肉体的な訓練をしても無意味だから知識方面を鍛えることにしたの」
どうやらジェシカは未来の事情を話したうえでテアだけではなくついでに未来にも指導するようにセリーナに頼んでいたらしい。
しかし剣闘人形の指導などセリーナどころか誰もしたことがないことなので、どうしたものかと悩んだセリーナはとりあえず自分との試合であっさりとギミックに引っかかったことを踏まえて未来に剣闘試合の知識を詰め込むことにしたのだ。
だが、それは未来が最も苦手とする勉強をしないといけないということだ。
別に未来は人間時代はよく読書をしていたし、家事スキルのように教えられれば何でもそつなく出来るようにはなるのだが、それと勉強が好きかはまた別の話である。
「俺用事思い出したから帰る。テア、後で迎えに来るからな」
さっと身を翻して部屋から逃亡しようとした未来の服の裾を掴んでテアが阻止する。
「ミライさん、用事なんてないでしょ。一緒に頑張りましょうよ。それにこの人と2人っきりにしないで下さい」
子犬のような目で自分を見てくるテアに負けた未来はガックリと肩を落としながら腹を括った。
「フフフ、覚悟は決まったみたいね。じゃあまずはこの辺りから始めましょうか」
未来をソファに座らせたセリーナは、ソファ前の机に次々と分厚い本を積んでいく。
「まずってことは……これ読むだけで済まないのか?」
「あたり前でしょ。貴女に今必要なものは知識と経験。経験は試合に出ればいくらでも積めるけど知識は自ら学ばないと身につかないんだから頑張りなさい」
嫌々ながら未来は積まれた一番上の本、初代チャンピオンであるゲオドリオスの自伝から読み始める。
テアも未来と共にソファに座って本を読もうとしたのだが、セリーナに服の襟を掴まれて止められる。
「貴女にも知識は必要だけどまずはもっと基礎的なことから始めるわよ。こっちに来なさい」
セリーナに襟を掴まれたままテアは部屋から引きづり出されていく。
蚊の鳴くような声でテアは未来に助けを求めてみるが、さっきのお返しとばかりに本に夢中な振りをされて無視されてしまい、そのまま抵抗虚しく裏庭にまで連れ出されてしまうのだった。
「さてと、貴女には魔力量の底上げの為の訓練をしてもらうわよ」
セリーナはそういうとテアにライターを投げて寄越した。
運動神経がお世辞にも良いとは言えないテアは2、3度落としかけながらも何とかキャッチに成功した。
「あの、これで一体何をすればいいんですか?」
「簡単よ。それ、自前の魔力で火をつけるタイプだから貴女の魔力を使って火を勢いを強めては弱めてを繰り返しながら灯し続けなさい、魔力切れを起こす手前まで」
テアが課せられた訓練は剣闘士の間ではポピュラーなもので、最も基礎的な課題ともいえる。
試合中、指示だけではなくマスターリングを通して剣闘人形を強化するのも剣闘士の重要な役目であり、この訓練はそのために必要な魔力量の底上げと流す量の調整を身に着けるのに適している。
そもそも基本的に人間が持っている魔力量は多少の個人差はあれど大体皆同じなのだが、訓練をすれば量を増やすことが出来る。
しかも特殊な訓練ではなく、筋肉を鍛えるのと同じように使って負荷を掛ければ自然と増えていくうえ、筋肉よりも何倍も効果が出やすい。
テアの場合は日常的生活に必要な道具を使う時に魔力を使うぐらいで、父に教えられたので剣闘人形作りに必要な魔法式の知識はあれど、魔力の量は一般人とほぼ同じだ。
だが、剣闘人形用のマスターリングの強化魔法式はかなりの魔力を消費する為、セリーナとの試合では流量の調整が上手く出来なかったこともあり、テアは魔力切れを起こしたと言う訳だ。
「私の試合のときはギリギリ決着が着いたけど試合中に剣闘士が魔力切れを起こすなんて普通ありえない話よ。指示やサポートをする側が倒れたら勝てるものも勝てないんだから」
それは試合中に常時剣闘士が剣闘人形を強化しない理由でもある。
ランキング上位の歴戦の剣闘士でも長時間強化をし続けることは出来ず、ましてや同時に2種類の魔法式に魔力を流そうものなら3分と持たずに魔力切れを起こしてしまう。
ズバリと言われてテアはいきなりくじけそうになるが、今後は未来に全てを任せるのではなく自分も戦うと決めたのだから、ここでくじけてはいられないとテアは自分に活を入れてライターに火を灯始める。
セリーナに言われた通りに最初は流す魔力の量をセーブして蝋燭ぐらいの大きさの火にし、そこから段々と量を増やして、ライターにガスバーナー並みの火を噴きださせる。
思ったよりも大きくなる火に驚きながらもテアはひたすらその流れを繰り返していく。
セリーナは魔力の流量の調整で躓くと思っていたが、テアは案外魔力の扱いが器用らしく、それだけならばいきなり合格点レベルと言えた。
「流石は伝説の男の娘って訳ね」
腕を組んで感心しながらテアを見守っていたセリーナだったが、段々と火の勢いが衰えテアがフラフラし始めたの気づき、火を付けたまま倒れて庭を燃やされる前に止めに入るのだった。
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