第3話 コロシアム‐2
あの世で待っている母の元へと行くはずだったテアが目を開くと、そこはあの世ではなく家とは違うが見たことのある天井だった。
それもその筈で、彼女が寝かされていたのは偶然にも母がかつて息を引き取ったのと同じ病室だったからだ。
「私、なんで生きてるの……」
自分で搔っ切ったはずの首筋を撫でてみると包帯がまかれており、多少痛みはするものの血で手が汚れることは無く、傷は治癒魔法によって完全に塞がれているらしい。
テアは自分が自殺を計った後、何故病院に運ばれたのか思い出そうとするが何にも思い出せなかった。
ただ、もう二度と聞けない懐かしい声を聞いたような気はする。
確かなことはあの時家の中には誰もいなかったことと、近所の住人は寝静まっている時間だったということだ。
つまり自分の自殺に気づいて病院に運ぶ人間は誰もいなかった筈だ。
魔法による強引な治癒のせいか、痛み止めの薬のせいかは分からないが、テアがぼんやりとした頭で考えていると、病室の入り口に見たくなくても目立つせいで無理やりに視界に入り込む派手な女が立っていた。
「お目覚めのようね。全くつまらない真似してくれちゃって」
「ジェシカ……さん。貴女が病院に?」
「そんな訳ないでしょ。入ってらっしゃい」
ジェシカが呼び込んだ人物、正確には自動人形を見たテアの思考は一気にクリアになる。
「よう、傷は大丈夫か? なんでお前あんな馬鹿なことしたんだよ」
テアは自動人形からの問いに驚愕のあまり答えることが出来ない。
何故なら解除方法が分からない魔法鍵と鎖で作業台に固定されていた自動人形が目の前に立っているだけでも驚くべきことなのに、更には自分の傷を心配し、自殺しようとした理由まで聞いてきたからだ。
それも母と同じ声で。
自動人形には
ただ疑似魂にもランクがあり、低位の物だと単純な作業を理解する程度の知能を与えることしか出来ず、自我は殆どない。
しかし高位のものになると、
だが、それはあくまで人間側からの問いかけや命令に対しての反射行動でしかなく、今のように自らの意思で話しかけることは最高位の疑似魂でも不可能な行為だ。
ジェシカは自動人形に関しては自分で素人と言っていたので気付いてはいないようだが、テアは父が残した自動人形が少しでも自動人形作りを学んだことがある者が見たら卒倒するであろう程の存在だと思った。
「ちょっと、いつまで呆けてるのよ。別に今日は貴女を心配して来たわけじゃないわ。その指に嵌めてるものを貰い来たの」
「指……輪?」
ジェシカの声で現実に引き戻されたテアは、一瞬なんのことだか分からなかったが、自分の薬指を見て思い出す。
「思い出したようね。貴女が嵌めている指輪はマスターリング、つまりはこの自動人形の所有者である証なんでしょう? この自動人形はもちろんうちの物なんだからそれもこっちに渡してもらわないと困るのよ」
マスターリングとは自動人形の持ち主を証明する為のもので魔法で人形と紐づいており、指輪に登録された魔力の持ち主以外の人間の命令を人形が聞かないようにする一種の安全装置の役割も果たしている。
新品の自動人形を買った際に真っ先に行うのが、マスターリングに人それぞれ違う魔力の波長を登録して主従関係を結ぶくらい重要なものなのだが、専門の魔法士なら登録の上書きが可能なので、一度主従関係が結ばれた自動人形でも中古で売り買いすることが可能なのだ。
「人形については素人だけど以前に差し押さえてたことがあるからそれが重要な物ってことは私でも知ってるわ。何で死のうとした貴女の指にそれが嵌っていて、人形の拘束が解かれた上に起動していたかは聞かないし興味も無い。本当なら勝手に指から外しても良かったんだけど流石に病院でそんなことをすれば変な目で見られるからわざわざ貴女が目覚めるのを待っててあげたってワケ」
一気に捲し立てるように言いたいことを言ったジェシカは手を出してテアに指輪を外すように催促をする。
テアとしても自動人形、ましてや母の顔で母の声で喋る自動人形など不気味で仕方がないのでさっさと指輪を渡して病室から出ていって欲しいと思い、直ぐに指輪を外そうとする。
「……外れない」
嵌めた時は少しサイズが大きいと思うくらいに指との間に隙間があった筈なのに、今は隙間が一切ないくらい指にフィットしており、テアがどんなに引っ張っても1ミリも動きすらしない。
「ちょっと何遊んでるのよ。貸してみなさい」
いつまで経っても外そうとしないテアに業を煮やしたジェシカがテアの手を取ると指輪を抜こうと思いきり引っ張る。
「い、痛いです! 止めてくださいジェシカさん!」
「我慢なさい! そもそも嵌めた貴女が悪いんでしょうが!」
痛がるテアを無視して指輪を引っ張り続け、それでも外れないことに苛立ち、このまま抜けないのならば指ごと切り落としてやろうかと思い始めたジェシカの腕に、突然痛みが走る。
「おい、そこまでにしとけよオバさん」
威圧感のある声にジェシカが振り返ると、痛みの正体が自動人形が自分の腕を掴んでいることに気づく。
「ちょっと何するのよ! 離しなさいよ!」
「離すのはアンタが先だオバさん。怪我人相手にやり過ぎだ」
「いや、離すのはお前だ木偶人形」
後ろからの声に未来が振り返ろうとした瞬間、未来の天地が逆転して浮遊感に襲われた。
そのまま頭から床に落ちた未来が顔を上げると、ジェシカを守るように病室の外で待機していた筈のジェシカの部下の大男が立っていた。
病室での騒ぎを聞きつけた彼が、雇い主に狼藉を働いた自動人形を自慢の怪力にものを言わせて雇い主から引き離す為に投げたのだ。
普通の人間なら投げられ床に頭を打ち付けてしまえば大怪我するのところなのだろうが、人形の体になった未来には傷すら付いていなかった。
自分の後ろで起きた騒ぎを確認するのに一瞬だけジェシカは振り返ったが、直ぐにテアから指輪を外す作業に戻る。
正直、未来にはジェシカと助けた少女の関係は分からないし、どういう訳で指輪を取り上げようとしてるのかも分からない。
それでも、どんな理由があっても怪我人の少女に追い打ちを掛けるような真似を許すことは出来ない。
未来の中に沸き上がる怒りの感情が破裂し、起き上がった途端にジェシカから少女を救おうとジェシカに飛び掛かる。
「会長! 壊したらすみません!」
大男は、大事な差押え品を壊してしまうかもしれないことを雇い主に謝りつつ、拳を振り上げ自動人形の顔面目掛けて叩き込む。
バキッ、病室に響き渡る鈍い音共に床に崩れ落ちたのは大男の方だった。
大男の拳を身を屈めて躱した未来のアッパーはまともに大男の顎にヒットし、細い腕から繰り出されてたとは思えない威力で、大男をノックアウトしてしまう。
未来自身も自分の拳の威力に驚きながらも、床で伸びる大男を跨いで再びジェシカに近づくと流石に危機感を覚えたのか、ジェシカはあっさりテアの手を離し、ベッドからも離れる。
テアは誰からの命令も受けずに大男をノックアウトし、自分に向かってゆっくりと手を伸ばす自動人形が自分に何をしようとしているのか分からず、恐怖のあまり目を閉じた。
「安心しな、もう大丈夫だから」
口調は違えど、優しく自分を撫でる手とその声に母を連想したテアは涙が止まらなくなった。
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