ユータンさん

林風(@hayashifu)

第1話

ユータンさん


住んでいる家の二件となりに、インド·ネパール料理店があった。ぼくが、介護生活をしているため、その店が、憩いの場となっていた。

ユータンさんという、ネパール人のマスターが、最初かけてきてくれた言葉は、「お母さん、大丈夫?」だった。

「お母さん、病院につれていってあげるといいよ。病院の先生に診てもらえば、すぐ治るよ」

初対面のネパール人に、そんなことをいわれるとは、ちょっと驚いた。

日本人にもそんなこと言われたことないのに。

ネパール人てやさしいんだな、というのが最初の印象だ。

そして、すぐに仲良しになった。

ところが、だんだん、店が売れなくなってきた。

ある日、家に訪ねてきてくれて、「今からセルローティ焼くよ。うちに来ない?」と誘ってくれた。

店が、二十三時に閉店すると、セルローティというネパールのドーナツみたいなものを焼いて、ユータンさんと、奥さんで三人で食べた。

どうやら、ネパールの店では、売れなくなると、セルローティというものを焼いて、またお客がくるように、祝うようだ。

奥さんがシチューを作ってくれて、すごく美味しかった。一緒に食べるとき

「これじゃ、まるで家族みたいね」と言ってご馳走してくれた。

ぼくは、そう言われると、うれしくて照れながら、「そうですね」と、小さい声で返した。

「お酒飲む?」と聞いてきた。「すみません。お酒弱いんです」と言うと、カルアミルクをくれた。

ネパール語も、たくさん教えてもらった。

ぼくが、いつものように、お金を払いにレジに立ってると、「ポイサ·ディヌス」と言ってきた。

意味がわからず、「どういう意味ですか?」とたずねると、「財布の中身、全部出しやがれ」って意味、と言った。

呆気にとられて、笑うしかなかった。

こんなこともあった。介護生活に疲れて、カウンターでうなだれていると、「ケワヨ?(どうしたの?)」と聞いてきた。

うまくわけを話せなくて、「眠いですって、ネパール語でなんて言うんですか?」と聞くと、「ポイサ·チャイナ」と言った。

そこで、ぼくも「ポイサ·チャイナ」というと、コカコーラを差し出してくれて、タダだよ、と言ってくれた。

きょとんとしていると、「ポイサ·チャイナ」って、「お金ないなー」って意味だよ、と教えてくれた。

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