第15話
「千優、気をつけて。危険かもしれない。」
銀花の声には微かな緊張が滲み、その言葉を受けた千優も慎重に足を進めた。彼女が指し示した先は、古びた建物の裏手に続く暗い路地だった。人気がなく、薄暗い影が二人の視界を覆っていた。
「何が出てくるか分からない。油断しないで。」銀花は低く囁き、剣を構えた。
千優も周囲に目を凝らしながら、一歩一歩慎重に歩みを進める。やがて、まるで現実が歪んでいくかのような異様な感覚が二人を包み込み、その中心から強烈な竜魂の気配が感じられた。
「ここだ…」銀花が呟いたその瞬間、歪んだ空間が一気に広がり、二人の前に闇のような存在が姿を現した。
それは、巨大な影の塊のような存在で、はっきりとした形がなく、まるで煙が集まってできたかのようだった。赤く光る眼が二つ、冷酷な視線を二人に向けていた。
「銀花、これって…?」千優はその恐ろしさに思わず息を呑んだ。
「来るよ!」銀花は虚空から取り出した剣を再度構え、影に向かって一歩踏み出した。
影が動き出す。まるで嘲笑うかのように形を変えながら、無数の腕のようなものを伸ばしてきた。銀花はその攻撃を素早くかわし、剣を振り下ろす。しかし、影はそれを霧のように避け、剣は空を切った。
「何…?物理攻撃が効かないのか…!」銀花は焦りを覚えつつ、次の手を考える。
影はすぐさま反撃に転じ、黒い触手を伸ばし銀花を捕らえようとする。銀花はその動きを読み取り、身軽に回避しつつ、再び剣を振るったが、影は再びその形を変えて攻撃を躱す。まるで彼女を愚弄するかのように、影は悠然とした態度を崩さない。
「くっ…!」銀花は焦燥感を隠せないまま、無数の攻撃を繰り出すが、影に全くダメージを与えられない。相手はどこか悠然と構えたままで、むしろ銀花の動きに合わせて攻撃を躱しているようだった。
千優もまた、状況の厳しさに気づき、ただ剣を振り回すだけでは埒が明かないと感じた。「銀花、物理攻撃じゃダメだ!何か別の方法を…!」
銀花は千優の言葉を聞いて瞬時に考えを巡らせたが、その間にも影は無数の触手を伸ばし、二人を取り囲むように動き始めた。
「このままじゃジリ貧だわ…何とかしないと…!」銀花が自分に言い聞かせるように呟いた。
「触手を伸ばす瞬間、球体が露出するからそこに攻撃してみて!」
敵が攻撃した瞬間に千優がスキル「バインド」を発動した。影の動きが一瞬にして止まる。まるでその場に縫い付けられたかのように、影は動きを封じられた。
「銀花!」千優が叫ぶ。
銀花は一瞬の隙を逃さず、全力で剣を振り下ろし、影の中心部に狙いを定めた。だが、剣が当たる直前に影は再び形を変え、銀花の剣の攻撃を少しずらした。
「浅いっ!」銀花は歯を食いしばり、攻撃を続けようとしたが、影はバインドの効果が切れるや否や再び動き出し、彼女の背後に回り込んで強烈な一撃を放ってきた。銀花は間一髪で回避するものの、その威力に圧倒され、次第に追い詰められていく。
「銀花、少し退いて!もう一度バインドを使う!」千優は再びスキルを発動しようとしたが、影はその動きを読んでいるかのように、彼に向かって一気に襲いかかった。
「千優、危ない!」銀花が叫び、間に割って入ろうとした瞬間、影の触手が彼女を押し戻し、千優に迫る。
千優はすぐにバインドを発動し、影の動きを再び封じた。
「今度こそ…!」銀花は全力で影に向かい、その中枢を狙って全力で剣を振り下ろした。
剣が影の核に触れた瞬間、影は苦しむような叫び声を上げ、その形が揺らぎ始めた。まるでその存在が崩壊するかのように、影は次第に霧散し、光が銀花の胸に消えていった。
「…やったか…?」銀花は息を整えながら、影が消えた場所を見つめた。
千優も同じように立ち尽くし、影が完全に消え去ったことを確認した。「やった…銀花、成功したよ…」彼は安堵の笑みを浮かべた。
銀花も剣を地面に突き立て、深呼吸をしながら千優を見つめた。「助かったよ、千優。」
影が完全に消え去ったその場所に、突然、女性の姿が倒れているのが目に入った。二人は驚きながらも、急いで彼女の元へ駆け寄った。女性は気を失っており、息がかすかに聞こえるだけだった。
「救急車を呼ぼう。」千優が言い、すぐに携帯を取り出して救急隊に連絡を取った。
数日後、病院に運ばれた女性が意識を取り戻したとの連絡を受け、銀花と千優は病室を訪れた。女性は疲れた表情でベッドに横たわっていたが、目には安堵の光が宿っていた。
「お加減はどうですか?」千優が優しく声をかけると、女性はゆっくりと頷き、言葉を絞り出した。
「ありがとうございます…助けてくれて。私…あの時のことが断片的にしか思い出せないんです。でも、気がついたら、自分が自分じゃなくなっていたような感じがして…」
彼女の声は震えており、その瞳には恐怖と混乱が混じり合っていた。
「どういうことですか?」銀花が尋ねると、女性は言葉を続けた。
「最初は小さな変化だったんです。突然イライラしたり、自分らしくない言動をしたり…それがどんどんエスカレートして、最後には…まるで自分じゃない何かに乗っ取られたような感覚になったんです。」
「それで、今は…?」千優が問いかけると、女性は力なく微笑んだ。
「今は…元の自分に戻った気がします。でも、あの時のことを思い出すと、まだ心の奥で何かが囁いているような気がして…」
その言葉に銀花は静かに頷き、千優と視線を交わした。病院を出た後、二人は帰り道で話を始めた。
「おそらく、竜魂が彼女の心を捻じ曲げたんだ。もしかすると、彼女の中にはまだその影響が残っているかもしれない。でも、今は元に戻ったようで本当に良かった。」銀花はそう言って静かに息をついた。
その後、二人は解散し、それぞれの家へ帰ることにした。千優が家に帰ると、妹が出迎えた。
「ただいま。」千優が声をかけると、妹は振り返って笑顔で迎えた。
「お兄ちゃん、おかえり!今日もダンジョン行ってたの?」
「まあ、そんなところかな。」千優は軽く答えながら荷物を片付けた。
「嘘だ!、今日もだけど時々オシャレして外に出てるじゃん。」
「うぐ、お兄ちゃんだってそんな気分だってあるの」
「ご飯よー!」リビングから聞こえる母の声だ
「はーい、すぐ行くー!」妹が元気よく叫ぶ
「僕も手を洗ったらすぐ行くねー!」千優も負けじと大きな声で言う。
妹はリビングに行かず首を傾げ、じっと千優を見つめた。
「どうしたの?」千優が不思議そうに尋ねると、妹は少し考え込んでから言った。
「お兄ちゃんって…そんな喋り方で『僕』って言ってたっけ?」
その一言に、千優の背筋に冷たいものが走った。妹の言葉が脳裏にこだまし、嫌な予感が胸を締め付ける。
「え…何言ってるの、僕はいつもこんな感じでしょ?」千優は自然に答えようとしたが、自分の口から出た言葉に違和感を感じた。
妹はじっと千優を見つめたままだったが、やがて「ううん、なんでもないよ!」と笑って誤魔化した。しかし、千優の心にはその違和感が残り続けた。
『最初は小さな変化だったんです。突然イライラしたり、自分らしくない言動をしたり…それがどんどんエスカレートして、最後には…まるで自分じゃない何かに乗っ取られたような感覚になったんです。』あの女性の言葉を思い出した。
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