第3話
玄関のドアを開け、千優は元気よく声を張り上げた。
「ただいま〜!」
台所から母の声が聞こえてきた。
「おかえり、今ご飯作ってるから、待っててね」
2階から、ドタバタと急いで下りる足音が響く。
「お兄ちゃん、おかえり!! ダンジョンどうだった?」
妹が元気よく駆け寄ってきた。
「普通かな?」
「え〜、それだけ? イレギュラーモンスターとか、すごい話がないの?」
「そんな魔物出てきたら、兄ちゃん死んじゃうよ」
「どんな職業になったの?」
「バフ系の職業だよ」
「稼げた?」
「一番簡単なダンジョンの魔物だから、数百円だけだったよ」
リビングの方から母の声が響く。
「ご飯できたって!」
「え〜、もっと聞きたいのに〜」
「また今度な」
ご飯を食べ、風呂に入り、自室に戻った。ドアを開けると、水色を基調としたぬいぐるみがたくさん並ぶ可愛い部屋が広がっていた。壁際の棚には、ケースに入った白いトカゲがじっとしている。
「疲れた〜」
可愛いぬいぐるみを抱きしめながら、ベッドに倒れ込む。ボーっとペットの白いトカゲを見つめていると、胸の奥から虚無感や苦しさが込み上げてくる。
「またか、最近多いな」
千優は物心ついた時から、心に大きな穴が空いたような感覚に悩まされていた。家族では埋められない、それ以上の何かを抱えていた。
「会いたい…」
ポツリと思い出してもいない言葉が漏れた。
「…って誰にだよ。家族にも恵まれて幸せに暮らせるのに…確かに彼女はいないけど、別に欲しいと思ったこともないし…」
近くにあるトカゲのぬいぐるみを撫でながら、自分に言い聞かせても、心の奥底で求めているのは、会ったこともない誰かのようだった。
「シホ…」
名前を呼ばれた白いトカゲが、じっとこちらを見つめる。不思議とシホと目が合うと、この感情が少し落ち着くように感じた。
「寝るか…」
電気を消し、目を瞑る。いつものように眠りでこの感情を消し去るために。
「見つけた」
美しい銀色の髪がキラキラと光る。
「もうすぐ会える」
「にゃ…おに…ゃん!!」
妹の声で目を覚まし、ぼんやりとした頭を振りながら起き上がる。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「うぅ、おはよ…」
「え?なんで泣いてるの?」
「え?」
手で目元に触れると、知らず知らずのうちに涙が滲んでいた。
「なんか、銀色の長髪が綺麗で…」
妹は不思議そうな目で見つめてくる。
「寝ぼけてるの? 私は黒髪ベリーショートだけど…とにかく!お母さんがご飯だから、早く起きてって」
「ああ、すぐ行くよ」
「「「いただきます」」」
母、妹、千優は黙々とご飯を食べ始める。
「お兄ちゃん、今日もダンジョン行くの?」
「ああ、行くよ」
「お兄ちゃんが探索者になるなんて、今でも信じられないよ」
「そうねぇ、千優はいつもボーっとしてたから、お母さんも信じられないわ」
「お兄ちゃんは声が綺麗だから、声優になったら良かったのに」
「声優はそれだけで簡単になれる職業じゃないよ」
「綺麗な声なのに…」
「それって男なのに、あまり低い声が出せない兄ちゃんを馬鹿にしてる?」
「もうっ、違うよ!!」
「はいはい、ご馳走様でした。準備し終わったらすぐ出るから」
「怪我しないようにね」
「怪我しちゃダメだよ」
「うん、わかってるよ」
見送られながら、家を出た。
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