第14話アイルの森
これまで散々苦しい思いをしてきたアルフにとって、ライルとの旅は快適だった。
背負った荷物や、牽いている荷車は重かったが、農作業になれているアルフに取っては、さほど苦にはならなかった。
その日のうちに、近くのベリンという町に着いた。
毎年この時期に訪れるらしく、待ってましたとばかりに、次々と町民が集まってきて、荷ほどきが間に合わないほどだった。
ライルが仕入れてきた衣料品や装飾品が特に人気だった。
恋人を連れた青年が、次々とやって来て、一緒に髪飾りやブローチを選んでいた。
アルフは、ミリアに髪飾りの一つも贈っていなかったことを思い出した。
結婚式の当日に渡そうと、ベッドの枕元に用意していたのだ。それが、処女権などという理不尽な習慣のために、すべて無駄になってしまった。
今となっては、もうどうにもならない。戻れば死が待っているだけだ。
しかし、このまま進んでも、どうなることか……
それでも。死なない。死ねないと、アルフは思っていた。
生きていればこそ、垣間見だけでも、ミリアの姿を見るチャンスが訪れる。奇跡が起こるかもしれないからだ。
ベリンの町を出てから、小さな集落にも幾つか立ち寄っていたため、最初に聞いていた五日間よりも、かなり時間をかけて、ウスチア領のウルスへ着いた。
ウルスは、ベリンよりも大きな町で、石畳の道が整い、行き交う人も多かった。
大通りには、物売りの店が並んでいて、どこからか香ばしいパンの匂いが漂っていた。
「このあたりは、ベリンなどの農村地帯から農産物が集まってくるので、潤っているのですよ」
ライルが説明すると、アルフはなるほどと納得した。
「ベリンもそうだったが、このあたりに住んでいる人の顔は明るいな」
「そうですかな、確かに、今の領主様に代わってから、土地改良が進んで、収穫が増えたようですな」
「なるほど、領主次第か」
アルフは頭を振った。
彼が生まれ育った土地は、気候の違いもあってか、ここで見てきた小麦畑のような豊かな実りはなかった。
わずかな土地を開墾して、芋や
人の顔は、いつもどこか疲れたようで、肩を落としてため息をつくのが常だった。
そんななかで、光のように輝いていて、いつも楽しそうだったのがミリアだ。
彼女と会うと希望が持てた。ミリアとなら貧しくとも笑って暮らせると考えていた。
「どうしましたかな」
ライルは、急に黙ってしまったアルフを気遣った。
「いや、ずいぶん世話になったが、そろそろ別れだなと思って」
アルフが、縄をかけた積み荷を、荷車に積みながら言うと、ライルは、荷づくりしている手を止めた。
「一緒に商売しませんかな。これからも手伝ってもらえると助かるのですな」
そう言われると、アルフも、それも良い、という気持ちにもなった。
しかし、領主の兵は、ここまで追ってくることはないだろうけれど、罪が消えたわけではない。いつまでも罪人と一緒では、ライルも商売の差し支えになるだろう。
アルフは、深く礼を言って、ここで別れることにした。
ライルは残念がったが、アルフの意志が固いと見ると、彼の剣を入れることができる革袋を、あつらえてくれた。
それから、携帯食と水を入れた布袋の持たせてくれて、ウルスに来る機会があったら頼るようにと、仲間の商人を紹介してくれた。
ウルスを出てからほどなくして、アルフは森に突き当たった。
どれほど奥まで広がっているのか、見当もつかなかったが、はるか先に見える丘の上に、一本の木が立っているのが見えた。
川向こうのおばばの小屋からは、微かに見える程度だったが、ここからは、まわりの景色と比較しても、かなり高く
ともかく、あそこまで行って、聖木の守護者、森の王とやらになってみようじゃないか。アルフは決意を新たにした。
それで、罪が消えるのなら、領主がもう構わず、放っておいてくれるなら、ただ静かに暮らしたいだけだ。
機会があれば、ミリアを探すこともできるかもしれないと思った。。
その時彼は、おばばが言った『森の王は、木から離れられなくなる』という言葉をすっかり忘れてしまっていた。
まさか、拘束される以外で、行動が制限されることなど、あるはずがないと考えていたせいもある。
アルフはしばらくは、森に沿って続いている道をたどって行くことにした。
道は獣が通ってできたように細く、曲がりくねっていた。
左側は森で、右側にも背の高い木がまばらに生えているので、もしかすると、この道もすでに森の中なのかもしれない。
でも、道のない森の中を歩くよりも安全だろう、丘に近くまで行ったら、森に入ろうと考えた。
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