第6話道連れ

 一方、ミリアは夜じゅう歩き続けて、数軒の家が集まった集落にたどりついた。


 そこでお世話になった村長の娘、サラに、あの白いワンピースを買い取ってもらい、その金で、着替えと食料を手に入れた。


 また、宿泊させてもらったお礼にと渡した、野苺のクッキーが喜ばれて、代わりに飲み水も、革袋一杯に満たすことができた。


 それから、さらに数日、歩き続けて川のほとりにたどりついた。

ルーア川。近くで食堂兼宿屋を営んでいる女将がそう教えてくれた。


 じゅうぶんなお金がないので、宿泊はできなかったが、食堂で、久しぶりに温かい野菜スープと、平パンを食べられたので、気分が良かった。


 この川の向こうへ渡れば、フォルム領から出られるというのも、彼女の心を弾ませていた。


 ルーア川は、ネフェル国の中央を、北から南へ縦に長く貫いている川だ。

北域のイブラへの海から細い枝のように幾筋もの川が流れ込んできて、やがてひとつにまとまり、南へ下るほどに川幅がひろく大河に育って行く。


 このあたりの川はまだ細く浅いので、穏やかな流れの時は、大人であれば歩いて渡れるほどだった。


 ただ、天候が荒れると、北の山脈から下ってくる水流が激しくなるため、幾日も足止めされることがあるという。


「あなたも川を渡るのですか」

ミリアが川を眺めていると、声がかかった。


 足が隠れるほどに長い、漆黒のローブを着た男女で、いているロバ二頭の背には、左右に大きな荷がくくられていた。


「はい」

ミリアが答えると、女の方が、フードを少し下ろして笑みを見せた。

「よろしく、ティアです」


 フードに隠れていてよく見えないが、ふんわりカールした銀色の髪の女性で、若木のような淡い緑色の瞳が美しかった。


「私は、ガーダナ。川向こうの森に住んでいる。これから渡るつもりだから、よかったら一緒に行こう」


男は、手でフードを軽くずらして少しだけ顔を見せた。影になっているので瞳の色はわからなかったが、痩せ気味の背が高い男だった。


「よろしいのですか?」

ミリアは、見ず知らずの人について行っていいものか迷ったが、一人で渡るのも心細い。


「どうせ行く先は同じだもの。ほら、このロバの背に乗れば濡れないですむわ」

ティアが答えると、ガーダナもうなずいた。

「遠慮しなくていい、どうせついでだ」


 悪い人たちではなさそうなので、ミリアは頭をさげて、お礼を言った。

「ありがとうございます。お願いします」



 ガーダナは、ティアとミリアを、それぞれロバの背に乗せると、手綱を持ってロバを導き、ゆっくりと川に入った。


「今日の流れは穏やかでいいぞ」

ガーダナが言った。


ミリアが不思議そうな顔をすると、彼は続けた。

きは流れが速くてね」


「そう、あの時は、ロバがまだ荷を積んでいなかったから、なんとか渡れたけど。荒れていたら、今日は足止めだったわね」

ティアは、無表情に近いガーダナとは対照的に、親しみやすいようすで微笑んだ。


「そうなんですね」

「私たち、運がいいわ」

三人はのんびり会話をしながら、数分ほどで川を渡りきった。


 フォルム領の境を越えたと言っても、まわりの景色はさほど変わるわけでもなく、デコボコの土の道と、何も無い草地だけが続いていた。


 ロバを降りて、ミリアはティアと並んで歩き出した。ガーダナはロバを引きながら、ゆっくり後からついて来た。


 陽の光がまぶしいくらいに、あたりに注いでいて、ミリアは、久しぶりに心が軽くなるのを感じていた。ようやく、領主から遠ざかれたのが一因だろう。


 今でもまだ、あの忌まわしい日を思い出して、苦しむことがあったが、死にたいという気持ちはなくなっていた。

これからは解放されて、新しい生活を見つけたい。そんな希望を感じていた。


「ところで、ミリアはどこへ行くつもりなの?」

ティアが尋ねた。

「そうねえ……」

彼女はフォルム領から出ることだけを考えていたので、その後、どうするか考えていなかった。


「どこか、村か町でもあったら、働き口を探そうかな」

ミリアが、首をかしげながら答えるのを見て、ティアは驚いたように、眉をひそめた。


「目的があって来たのではないの? 女の人が、用事もなくて一人旅なんて物騒な」

彼女は後から来るガーダナをチラと見てから、軽くうなずいた。


「何か事情があるのね? 良かったら話してみない」

ミリアは、ティアに促されるままに、ぽつぽつとこれまでのことを話した。


 初めて会ったばかりの、身も知らぬ人に、素直に話してしまうなんて、ミリア自身も驚きだったが、優しげなティアナと、冷静な雰囲気のガーダナには、なぜか心を許してしまっていたのだった。


「そう、そんなことがあったのね」

ミリアの話を聞き終わると、ティアナは大きなため息をついた。

ミリアのはしばみ色の瞳は、涙でにじんでいた。


 ティアは、ミリアの方に手を伸ばして、顔にかかっていた髪をそっと払ってくれた。

その優しさに触れて、ミリアの目からは大きなしずくが落ちた。


「もう、大丈夫よ、ここまで来れば」

ティアは静かに言って、ガーダナを見上げた。


ガーダナは、頷いて、ミリアに言った。

「私たちと行くか?」


 ミリアは、一瞬何を言われたのか理解できなくて、彼を見上げた。

「我々は、この先の森に住んでいる。タウ神殿からは異端と呼ばれている者だが、ミリアの隠れ屋にはなるだろう」


「え?」

ミリアが、何と答えていいものか迷って、歩みを止めると、ティアが微笑んだ。

「先はどうするとしても、とりあえず一度来てみたら、粗末だけど食べ物も、寝床もあるわ」


 ティアナは、ミリアの手を取って引っ張った。ミリアは、はっとしたように、また歩きはじめながら、ティアに向かって笑みを浮かべた。

「ええ、もし良かったら、お世話になりたいわ」

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