その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

第1章 売身都市

1話 市場を行く

 ああ、やはり人混みは辛いな。

 日の差す市場通りを歩きながら、そんな事を考える。

 こんな天気もよく心地よい日に、顔を隠すようにフード付きのマントをかぶり、手袋まで着けた私は、道行く人々にどう映っているのだろう。

 久しぶりの人の群れを見ながら、どうでもいいことを考えながら、私は歩を進める。

 私が欲しい商品を扱っている場所など、限られた所でしか買えないと分かったのだから仕方がない。

 人混みが辛かろうと、日差しが辛かろうと、我慢が必要なのだから。なにせ、市場というものは夜には開いていないのだから。

「ここかね」

 市場の奥、他の露店や商店とは明らかに違う雰囲気のそこを見て、足を向ける。

 並ぶ物は檻。中には種族、性別、年令を問わず様々なヒトが入れられ、暗い瞳を道行く人々に向けている。

 奴隷。

 都市国家連合に都市は数あれど、奴隷という生きたヒトを商品を主として扱うのは、今いるこの都市だけだろう。

 奴隷たちが閉じ込められている檻の前、椅子に座っている恰幅のいい男に声をかける。

「失礼、ここの店主はどなたかい?」

「何だいお嬢さん、気に入った商品でもあったかい」

 私の身なりを頭の上から足元まで眺め、男が言葉を返す。

 うん、うん。それなりに良い身なりで来て正解だね。これは。

「じつは側仕えが出来る者が必要でね。体は頑丈な方が良いんだが」

「ならうちの商品はピッタリだ。若いやつが多いからな、無茶なことをさせたってそうそう壊れやしないさ」

 そう言って男は後ろの檻を指差す。

 檻の中に入れられた者たちの目を見る……ダメだ。瞳の生気が弱い、覇気がない。

 奴隷として売られている以上、そういう風にされているとは想像していたが、ここまでとはね。話には聞かされたが、少し酷いな。

「少し、弱々しく見えるのだがね」

「おいおい、お嬢さん。うちはこれでも、この市場じゃ一番の上物を扱ってるんだ。鞭で打たれたって、膝もつかないような奴ばかりだぜ」

 そういう意味ではないんだがね。無駄な出費は控えておきたかったが、仕方がない。

「私が探しているのはね、頑丈なだけじゃダメなんだ。反抗的でも全然構わない、精神的に強靭な者が欲しいんだがね。もしそういう者がここにいないなら、知っているものに口利きだけでもしてはくれないかい」

 本当は購入費用の一部に当てる予定だった、金の台座に赤い石の嵌め込まれた指輪を一つ、店主の手に握らせる。

 店主は手の中の指輪と私を交互に見、何かを考え始める。

 さて、口利きだけでいいんだ。あまり無駄な出費をさせないでおくれよ。

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