魔女の恋

ななのすけ。

第1話

嗚呼、少女よ永遠であれ。





何年経っただろう。


「ーーー女、魔女!」


脳を揺さぶる声がする。


「おい、起きやがれ!」


実に不快な声だ。

私はゆっくりと瞼を開いた。眩しい陽射しが瞳に刺さる。


「お、起きたな!」


実に不快だ。まだ眠っていたかったというのに。

声を出そうと口を開く。だが、長年の悪戯故か、期待した声は出せなかった。


「ー?お前、話せないのか?」


察したように声の主は問いかける。私は、仕方なくこくりと頷いた。

少し戸惑った様子をしているようだ。

暫しの沈黙の後、それを打ち破ったのは声の主だった。


「なぁ、お前は本当に魔女なのか?」


問い掛けに、少し戸惑った。

確かに、私は魔女の悪名を着せられ殺された。

ーーー殺された、はずだったのだ。

この声の主に起こされる前までは。

だから私は少し肩を竦めて、分からない意を示す。


「ーーーそっか。」


失意を露わにして、声の主はその場に座り込む。

心なしか、その目尻には涙のようなものが浮かんでいるようにも見える。

そもそも、この声の主の目的は何であったのか。


私を目覚めさせるくらいだから、それなりのこと何だろうけども。

ーーー知りたくなってしまった。

それが、間違いの始まりだったと、その時は気付かなかった。


私は至極ゆっくりと起き上がる。

そして声の主をまじまじと見た後、懐に光るナイフを見付けた。

私はそれを手に取る。声の主が気付く間もない次の瞬間、指先を切って、赤い血を出した。

その血を宙に浮かべて、文字を形どる。


『私はカノエ。君の名前は?』


宙に浮かぶ紅い文字。

声の主は心底驚いた様子で文字を見詰める。

いや、驚くと言うよりは、興味と言った所か。

先程見せた失望とは一変して、好奇心を露わにしている。


「俺は…ライン。ライン・シュバルセン。」


発せられた声には喜びにも似た音がした。

ーーー心を掴んだのだ。声の主の心を。


『そう…ライン。初めまして。魔女を探しているようだけど、どうして?』


私はひょい、と指先を踊らせると紅は新たな文字を刻んだ。

刻んでから私は指を震わせた。

一瞬、答えを聞くのを躊躇ってしまった。

私の心をに芽生えているモヤモヤの意味は分からなかったけれど、後々邪魔な感情になる事だけは察知していたからだ。

沈黙が続く。

先に沈黙を破ったのはラインだった。


「ーーー魔女の力で俺を馬鹿にする奴等をぎゃふんと言わせたいんだ。俺は色々とドジだから。」


ーーーつまりは、自分の力を誇示したい、と。

私は少し残念に感じてしまった。

ーとは裏腹に、熱いものが胸に灯る。

私の力で、ラインを笑顔にしてあげられるかも知れない。

私にしか、出来ない。

そう、私は特別な力を持っているーーー魔女だから。


『良いわ、アナタの願いを叶えてあげるーーー。』


ほんの少しの出来心だった。

ラインをお猪口っていただき奴等は、私の血文字で尻込みし、逃げて行った。

もう、ラインを狙う事はないだろう。


「ありがとうカノエ、アイツらの顔、サイコーに面白かった!」


ラインは喜んで私に抱き着いてきた。

不覚にも、ドキリと心音が鳴る。

その答えが分からないまま、血を操りラインを引き剥がす。


『これで願いは叶えたわ。』


宙に浮かぶ文字。

声が出ないというのは時にはとても好都合だ。

そんな事を噛み締めながらラインを見ると、自然と小さく笑みを浮かべる。

その瞬間、ラインが酷く寂しそうな表情を浮かべた。


「なあ、カノエは不老不死なんだろ?」


突飛過ぎた質問に、思考が追い付かずに唖然としながら思わず頷いてしまった。

焦って取り消そうと思った質問に、先刻までの表情からの一変して嬉しそうに笑った。


(何ーーー何なの?)


私は意味が分からないままラインを見ていると、ずい、と手を差し伸べてきた。


「俺、化学者なんだ。カノエの血を研究したい!…駄目、かな?」


『ーーー…は?』


思わず血文字は呆気に取られた様子を露わにする。

それはそうだろう。

つい先刻まで泣きそうになっていた人が、私を研究するだと?

失礼にも程があると言う訳だ。

私は即座に否定の意を書こうとした。

ーーーのだが。

ずっと心の底で燻っているモヤモヤが、私の意と反して。


『ーーー少しなら、良いわ。』


本当に、私は馬鹿なんじゃ無かろうか。

ラインとの時間は決して長くはないのだけれど。

ラインの事になると、期待に応えたくなってしまう。


(ーーーまさか、ーーー)


恋、と考えそうになって、慌てて思考を止める。

気まぐれ、そう、気まぐれだ。

ほんの出来心で、その手を取っただけーーー。


「へへっ、ありがとうカノエ!これから宜しくな!」


無垢な笑顔が、心に痛い。

握手した手の温もりが、切ない。


『ーーーええ。』


ラインの興味の元は《私》じゃない。


ーーー《カノエの血を研究したい》


そう、私の、《不老不死の血》に向いている。

それが、こんなにも残酷な事だなんて。

身をもって痛感させられる事実に


『(ーーー、押し潰されそう。)』


なんて、泣き言は言わないわ。

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