第53話 最終話 恍惚
私は目覚めた。
ニュルンにある宿屋で眠り、真夜中に目が覚めたのだ。
そして私は全てを思い出したのだ。
ここニュルンを出た先にあるヘロルツで、鑑定士の父を持つケヴィンが私の名前。私も父の後を継ぎ、鑑定士としてそこそこ稼いでいた。なんの不満もない、幸せな人生を歩んでいたと思う。
只一つ、問題があった。私の鑑定士としての才能に他とは違う特別な能力があったのだ。本来、鑑定士は人類が積み重ねた経験を元に、真善美を学び、審美眼を得ていく。更に鑑定士は様々な感覚を用いて、鑑定する対象の奥深い情報を読み解こうと試行錯誤する。触れてみる事は当たり前で、叩いて音を聞いてみたり、嗅いでみたり、こっそり鑑定物を舐める者もいた。そして魔力を使って鑑定もする。自分の魔力を元に、人間か?それ以外か?から始まり、物や魔物の違いに気付き、依頼された対象の正体を暴いていく。鑑定を続けていくと創造した
私は神の声を聞いた事は無かった。
しかし鑑定士として仕事をするには問題はなく、いつか聞ける事もあるかもしれない程度に考えていた。
そんな日々を過ごす中、ダンジョンが発見される。活気ずくヘロルツの街、鑑定士の私は自分にもツキが回って来たと喜んでいた。
私は鑑定対象の中に入る特別な才能を持っていた。
他の鑑定士が苦労して、経験や共感覚、魔力など駆使し、更に神にまで祈る中、私は対象の内側に入って見たり体験したり出来てしまった。
鑑定士仲間には羨ましがられる事も多かったが、鑑定する事は私にとって当たり前の事であり、楽しみも好奇心も失ってしまっていた。
私の抱える問題とは仕事に対するモチベーションの低下であった。
そこに現れたダンジョンは、私の新しい未来なのかもしれない。私は勝手に考え、都合良く喜んでいたのだ。
ダンジョンが発見されてから、冒険者が押し寄せ、ダンジョンは次々と攻略されていく。ダンジョンから持ち込まれる資源や素材に街は活気ずき、私の鑑定士としての仕事も忙しくなった。そしてとうとうダンジョンの中に泉に浸るオーブを発見した冒険者達はキャンプ地を作り、そこをニュルンと名付けた。私はその快挙に興奮してニュルンへ移り住む開拓者に志願したのだ。
冒険者ギルドが護衛を用意して、ヘロルツの街からニュルンへ様々な人材の開拓者を送り込んだ。私もその一団に混じりニュルンに到着した。はじめてのダンジョンに私は驚き、そしてこれから始まる暮らしの中で、今まで感じる事の無かった生き甲斐を得た気分に、有頂天であった。見るモノ、触るモノ全てが新鮮で美しく感じた。ダンジョンそのモノが私を取り囲み、祝福されている様だった。
鑑定士としての仕事は多忙だったが充実した毎日を過ごしていた。
そして私の仕事の中にオーブの調査依頼も含まれていて、何度かオーブの元を訪れ、泉の水に触れた事もあった。しかし、誰も直接オーブに触れはしなかった。オーブに触れると死ぬからだ。オーブの膨大なエネルギーが伝わると人であろうとモノであろうと耐える事が出来ず大爆破したのだ。オーブの回りに流れる清らかな泉の水だけがオーブとその回りのモノや人を守る役割を果たしていた。
どんな鑑定士が挑んでもオーブは未知であった。私はダンジョンの生活に影響されて鑑定士として冒険する。一人並々ならぬ決意を持って泉のオーブに挑んだ。もちろん直接触る訳ではない。私は泉の水に手を入れて、オーブを覗いた。そしてオーブの中に意識を入れたのだ。
私は一瞬にしてかき消えてしまった様だ。その様子をギルドマスが教えてくれた。昼間、全ての話をギルドマスから聞き終えると俺は唖然とする。なんと三年の月日が経っていたからだ。
私は死んだ事として皆んなから忘れ去られてしまった。財産も仕事も何もかも失っていた。
ダンジョンの洞窟で焚き火の灯りで目覚めた事を思い出す。
ダンジョン、魔法、魔力、短剣、ゴブリンなどの知識を吸収して、私は生き残り、戻って来てが、もうここには何もなかった。
しかしダンジョンには、マシューやゴブイチ達がいる。私の居場所はダンジョンの中にあるのかもしれない。
彼らに会いたい。
私は一人眠りについた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
真っ暗な闇があった。
俺はどこにいるのだろうか?
頭を締め付けられる感覚がした。ヘルメットを被っていた様だ。
ヘルメットをなんとか外すと闇に慣れた瞳が驚き、眩暈がする。長い事このヘルメットを被っていた様だ。
部屋は見慣れた孫の部屋だった。最新のVRゲームを俺は遊んでいたのだろうか?何のゲームで遊んでいたのかわからない。ゲームの電源は切れていたからだ。
すっかり記憶が抜け落ちている。
俺もボケてしまったのだろう。暇なんで孫のゲームでも遊んでやろうかと最新のVRゲームしていたら、寝落ちしていたなんて恥ずかしい。
そのまま座り続けボケっとしていたら、背中を蹴られた。
「ゴブサン?」
「何がゴブサンさ!終わったらゲームするから返してよ」
小学生二年生の孫が寝っ転がり、漫画を読みながら言ってきた。
「すまん、寝て夢を見ていた様だ」
俺はゲームを返して孫に謝る。
何の夢かさっぱりわからん。けど、大切な仲間達がいた様だ。
眼頭が熱くなる。
「一瞬一瞬が大切なんだぞ、やりたい事をやるんだ。じいちゃんの様にな」
「じいちゃん暇してるじゃん」
「そ、そうだな、ボケちゃてたわ」
「頑張んな」
「あ、ありがとう」
この世界もゲームなのかもしれない。生き残りをかけたサバイバルゲームの様だ。ルールもあるが何をやってもいいゲームだ。孫に励まされながら俺はそんな事を思った。
夢は叶わなかった方が多かった。でも幸せになりたいと思い続けていた俺は幸せだった。
俺はなりたい俺になっていた。
孫にも幸せになって欲しい。
幸せを望む人間になって欲しい。
身近な人に優しく、困難に立ち向かう勇気を持って欲しい。
俺はそう在れただろうか?
俺の頭の中に一瞬、美しい雄鹿がよぎった。儚く消えた雄鹿は本当に美しく在った。
その姿はいつまで俺の中に在り続けた。
魔石クラフトダンジョンズ さんすけ @rirero7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます