藤紫の水面
雪花彩歌
藤紫の水面
ごろんと私は観光用の小舟に横になる。
視界には優しい色合いの藤の花が満開に咲いている。
藤は桜ほど人気ではないが、古からその美しい姿で人々を魅了している。万葉集にも確か藤を詠んだものがいくつかあったはずだ。
私は今、先輩と舟下りをしている。ちなみに私は文芸部で先輩は写真部だ。
「先輩、良い写真撮れそうですか?」
「自分の目で見るのと、カメラで撮るのとは全然違って難しいんだよ」
「あー、頭の中にイメージがあるのにうまく文字に書けない感じに似てますかね?」
「たぶん、そんな感じなんだろうなと思うよ」
うりゃと先輩の腕をひっぱって、仰向けにさせる。
ふたりで長く垂れている藤に優しく手を伸ばす。
そっと先輩がシャッターに手を伸ばした。
「先輩っ!どうして私が入るように写真を撮ったんですか!?」
「だって、すみれが綺麗だったから。撮るなら今しかないと思ったんだ」
ガタンっと軽く舟が揺れ、大丈夫かと支えてくれた先輩にドキリとする。
『かくしてそ人は死ぬといふ藤波の』(万葉集より)
届く愛の歌が低く甘く耳に届く。
先輩だけじゃなく私の顔も赤くなる。
意味を知って、言っているのですか?
それなら、私の返事は決まっています。
終着点に着き、先輩が手を伸ばす。
まだ普通に掴むのは恥ずかしくて、私はきゅっと先輩の小指だけを握った。
あの歌の意味はこうだ。【こうして人は死ぬというのですね。藤の花のような、ただ一度だけ見たあの人に恋して。】
藤紫の水面 雪花彩歌 @ayaka1016
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