泡沫の姫

彩歌

泡沫の姫

 足がズキンズキンと刺すように痛む。人間の姿になるために私は魔女から薬を入手し、その対価として声を失い、慣れない人間の姿になってお城を遠くから見つめていた。

 なぜ、私がお城を見つめていたかというと、理由は実に単純なものだった。溺れていた人間を助け、その相手にひとめぼれをしてしまったのだ。


 かつて、人間と人魚は共存していた。いつ誰が言い出したのかは不明だが、人魚の血や肉で不老不死になれると言われ、人魚は人間に狩られることとなり、人間を怖れ姿を隠すようになった。余程のことがない限り人間と人魚の接点はない。


 今日もただ愛しい人を遠くから見つめ、私は海へと戻っていった。


 魔女は言っていた。思いを通わせられぬと私は泡となって消えてしまうと。期限は1週間。

 だが、いろいろと問題はある。まずは相手が一般人ではなく、王子だということだ。王子には婚約者がおり、仲も睦まじいようで、王子は婚約者と幸せそうに笑っていた。


 ちくりと胸が痛む。けれど、これは薬の影響ではない。一言で言ってしまえば、ただの【嫉妬】だった。


 あなたを思うと苦しいの。

 胸がきゅっと痛くなるの。


 私がそこにいたい。

 あなたの隣に。


 まともに話もできない人魚が王子とうまく話せるはずもなく命の刻限は無慈悲にちかづいてくる。


 王子と結ばれる以外の選択肢がただひとつあった。それは王子を殺すこと。

 残り時間がわずかとなった私は眠っている王子の寝室に忍び込むが、やはり殺すことはできなかった。


 あなたのことが好きです。

 だから、生きてください。

 私は甘くて苦い【恋】を知れて満足です。

 このまま私は泡になり、消えます。


 潮騒を子守唄に眠り、朝陽を目覚ましに私は覚醒する。

 私は消えていなかった。

 私は【ここ】にいる。


 そこには【王子様】が私を軽く抱き締めて眠っていた。


 ☆


「あんた、それ本気で言ってるの?」

「君に嘘なんかつかないよ」

「まぁ、そうよね。で、あたしにどうして欲しいの?」


 僕は先日、溺死しかけていた。そして、それを助けてくれた人魚にひとめぼれをした。海とも空とも違う美しい蒼の長い髪に目だけではなく心も奪われた。


「彼女に会いたいんだ。だから、彼女が気づいてくれるようにパーティーを開きたい」

「パーティーの内容は?」

「婚約者のお披露目会。君には僕の婚約者役をお願いしたいんだ」


 僕の言葉に彼女はクスクスと笑いだす。


「そうね。あたしたちの婚約なら反対はされないでしょうね。じゃあ、貸しをいくつにしておこうかしら」


 本当に彼女には感謝することしか出来ない。

 作戦が上手く行けば、彼女は【花婿に逃げられた花嫁】になってしまう。


「幸せになってね。なにがなんでも両想いになるんだよ」


 ☆


 月明かりを受けて彼女の髪は淡く蒼く光っている。

 夜はまだ肌寒い季節だ。僕は上着を彼女にかけて、そっと身体を抱き締めた。


「君が好きだよ」

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泡沫の姫 彩歌 @ayaka1016

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