メンヘラ彼女に振りまわされて
私犀ペナ
『死にたい』
夜の十二時を少し過ぎた頃に、俺は仕事を終えて帰宅した。
工場勤務の俺は携帯など持ち込めるはずもなく、それに、新しいことを教えてもらっているから、その人にいろいろと訊いて学んでいるので、スマホを弄る時間がなかった。
だから、帰宅してすぐにスマホを見てみると、彼女の
『死にたい』
俺はそれを見て、空腹よりも、仕事疲れよりも、麻衣のことが心配で心配で急いで家を出た。アパートに住んでいる俺は、駐車場代がかかるからと車を持っていないので、自転車でぶっ飛ばす。
十二月の夜はよく冷える。
それでも、今なら中型バイクにも勝てそうな勢いで走らせ、麻衣の住むアパートに到着した。
冷える手でインターホンを押すと、ガチャリと扉が開いた。
可愛らしくひょっこりと顔を出したのは、ふわりとしたショートカットヘアの麻衣だ。
泣いたのか、目元が少し赤くて腫れていた。
「麻衣っ、大丈夫なのかっ」
自転車で突っ走って来たから、息がめちゃくちゃ切れているけど、今は麻衣のことだ。
「しーくん……」
下の名前が
今にも泣きそうな声で俺の名前を呼んだ。
うるうると瞳を涙で濡らした麻衣は、扉を開け放つと、バッと抱き着いてきた。
「ちょっ、麻衣その格好……」
背の低い麻衣は、この寒い中、自分よりも大きなサイズのシャツを一枚だけ着ていた状態だった。下に何も履いていないことがわかったのは、冷たい風がシャツの裾を少しめくった時に大事な部分が見えたからだ。加えて、麻衣が着ているシャツは、俺が最近なくしてしまったと探しているシャツと酷似していたが、気のせいだろうか。
「しーくん、来てくれたんだ……」
「あ、当り前だろ、それより中入ろう。寒いだろ」
「……うん」
部屋に入ると、先週の土曜日に俺と麻衣が交わったベッドがあり、その上に包丁が転がっていた。
「どうしたの? いきなり死にたいなんて」
あまり刺激しないよう、俺は優しくそう声をかけながら、ベッドの上の包丁を素早く回収する。
その場に座り込んだ麻衣は、両膝を抱えて、無防備な下半身を俺に向けた。
膝の中に顔を埋めて、麻衣は言う。
「ニキビができちゃった……」
「あん?」
「ほら、ここにできちゃったの!」
麻衣はなぜか怒鳴りながら、前髪をかき上げて、綺麗な額を見せてきた。
本当に、よく見ると小さな膨らみがある。だけどそれは目を凝らさないと目立たないほどだ。
「はぁ……」
心配して損した。
ニキビがあろうとなかろうと、麻衣が可愛いのに変わりはない。
「明日薬買って来るから、それでも塗ろうな」
二十二歳の誕生日に、友人と相席屋に行き、そこで出会ったのが麻衣だった。
まさか、こんなにもメンヘラだとは思わなかった。
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