第34話 異世界エロゲお嬢様部vs魔族の煽動者
「キミが来る前に片づけてしまうつもりはあったんだよ、ラファエル」
エルフの魔法使いはかつての戦友を冗談めかしながら挑発する。
「でもそこの灰色のヒキガエルがあまりに良い声で鳴くものでね、思わず聞き入ってしまった」
それはワタクシに対する侮辱。
そしてその責をワタクシはラファエル先生に転嫁する。
「そう、遅いですわ先生。ワタクシが今の今まで時間を稼ぐのにいったいどれだけの苦労をしたと思って?」
「え? せっかくいい感じで助けに来たのにやっぱりこの扱い?」
「あら、ごめん遊ばせ。安心してついいつものノリが」
ポロッと本音が零れる。
そう安心したのだ。
この小さな校医が来てくれただけでなんと心強いことか。
ワタクシは灰と砂埃にまみれた服を最早払うこともせず颯爽と立ち上がる。
「まあ、ツェツィが元気ならいいや」
それを見て天使が微笑し、魔女が苦笑する。
「安心、ね」
魔女がワタクシの言葉に反応して三度指を鳴らす。
頭上から無尽の氷槍が降る。
周囲から無数の白刃が飛ぶ。
正面から無窮の雷光が走る。
三属性同時行使!
いや、ハイ先生とホイ先生を追う巨木と炎蛇を含めれば五属性!
驚愕する一瞬の間に、命の危機がワタクシの目前まで迫る。
「
そして天使が静かに呟いた。
ワタクシの目前で氷槍が溶解し、白刃が腐朽し、雷光が散逸する。
どれ一つとっても必殺の威力を誇る大魔術が幼女の囁き一つで無に帰した。
「なるほど、やはり分が悪いね。この学園全体がキミの
その光景を見た魔女は驚くでもなく冷静に分析する。
「そこは聖域と言って欲しいな。ボク、一応天使だし」
そして、フリーデンハイム学園の主は学園長ではなくこの天使とされている。
多種族入り乱れる学園で諍いが起こり、有力者の子息が死ぬようなことでもあれば、それこそ大戦の火種となりかねない。
それを防ぐための策として学園の創設者たちは学園全体を
「それでどうする、サリサ? まだ続けるかい?」
つまり、この学園においてラファエル先生は無敵だ。
魔女は即答を避け観客席を見渡す。
狂乱の渦に飲まれていた生徒たちが倒れ伏している。だが明らかに命を落としたであろう者は一人もいない。みな健やかな寝息を立てている。
おそらく先程聞こえたあの叫び声こそがラファエル先生の呪文だったのだろう。
先生は修練場の全員を眠らせることで暴動を治めたのだ。
「何人か殺しておきたかったけど、ここから挽回は厳しそうだね。お
魔女は現状を把握するとあっさり見切りをつけ撤退を宣言する。
「それは良かった。でも、これだけやられてボクが逃がすと思うかい?」
いつもと変わらぬ笑顔のラファエル先生。
だがその笑顔の裏に底知れない怒りを感じる。
「まあやるだけやってみるさ。
魔女が三つの簡易呪文を唱えると、再び虚空が裂け三体のしもべが姿を現す。
三つの首を持つ巨大な黒い地獄の番犬、ギリシャ神話のケルベロス。
戦装束に身を包んだ三叉鉾を持つ白い大猿、ラーマーヤナのハヌマーン。
爪だけでゾウと同じくらいの大きさがある巨鳥、アラビアンナイトのルフ。
前世のいろんなゲームでお馴染みの敵キャラたちがワタクシの眼前に居並んだ。
いざその神話生物を目にすると、圧倒的な存在感に気圧されてしまう自分が居る。
いけない。オッサンのせいで精神的デバフがかかっている。
十二の頃にドラゴンを倒したというのに何をビビってるんだワタクシは。
「それじゃあ後は任せたよ」
魔女はそう言い残すと修練場の端へと飛んでいく。
ハヌマーンとルフがラファエル先生を襲い、ワタクシにケルベロスが跳びかかる。
「
咄嗟に簡易呪文を唱えて応戦する。稲妻が三つ首の一つを打ち昏倒させた。
だがケルベロスはそれだけでは止まらない。
残りの二つの首もどうにかしなくては。
「
二股の稲妻が残りの首を打つ、だが尚も突進は続く。
どちらの首も平然としている。
首によって耐性が違う!?
驚くワタクシを巨大な狼爪が襲う。
怯まずあえて前方に向かって飛び込み、猛犬の巨体の下を潜って躱す。
だがケルベロスは即座に翻り、リングに寝そべるワタクシにその獰猛な顎が迫る。
「
死が脳裏をよぎった刹那、ワタクシを噛み砕かんとする巨犬の左首が落ちた。
生首の鋭い牙が空を切る。
真っ赤な獣臭い血が噴き出しワタクシを染める。
ケルベロスが痛みに咆哮を上げ、飛び退ってワタクシから離れた。
その背から人影が一回転して飛び上がる。
そして、ワタクシと巨犬の間に紅と白のシルエットが華麗に降りたった。
「申し訳ありません。お召し物を汚しました」
「ジゼル!」
「はい、貴女の、貴女だけのジゼル=リーベルトです」
猛犬の血が滴る銀のナイフを両手に構えたメイドが笑顔を返した。
同時にラファエル先生がワタクシの傍に飛んで来る。
「ツェツィ、まだ
「もちろんですわ!」
「うん、いい子だ」
先生は返事を聞いて満足げに微笑む。
まったくいつもこの天使はワタクシを子ども扱いする。
ハヌマーンの背後、修練場の端で呪文を唱える魔女を指して先生は言う。
「サリサは転移呪文で逃げる気だ。でもボクの妨害結界があるから解除にてこずってる。こいつらはそのための時間稼ぎだね」
ケルベロスの気絶していた右首が目を覚まし、口元から真っ赤な炎が漏れ出す。
ハヌマーンの両手が煌めき、先生に折られた三叉鉾の代わりに半月刀が現れる。
ルフはワタクシたちの頭上で先生の盾を壊そうと体当たりを繰り返している。
「ボクたちが全力で援護する。ツェツィはサリサに一撃入れるコトだけ考えてくれ」
「よくってよ」
「ではツェツィ様、こちらをどうぞ」
ジゼルが銀のナイフを一本放り、ワタクシはそれをキャッチする。
最も魔力を宿すのに適した金属の一つ、銀。
身体強化と魔力付与を得意とするジゼルはコレをその身に何本も隠し持っている。
ワタクシは銀のナイフを構え、“魔術の始祖”を真っ直ぐ見据えた。
どんな魔法も返されるのなら、ワタクシは全力でこのナイフを突き立てるのみ。
ジゼルとラファエル先生がワタクシに呼吸を合わせる。
「じゃあ……行くよ!」
「「はい!」」
ラファエル先生が合図し、ワタクシとジゼルが応じる。
ジゼルはケルベロスに向かって、ワタクシは魔女に向かって走り出す。
背後で猛犬の唸り声とジゼルの呪文が聞こえた。
ワタクシの前には二刀流となったハヌマーンが立ちふさがる。
人の身の丈ほどある半月刀が振り下ろされ、ワタクシを巻き取ろうと尻尾が迫る。
ワタクシは大猿に怯むこと無く走り続ける。
ラファエル先生を信じて。
半月刀が見えない盾に阻まれ、ワタクシを捕らえようとする尻尾が風に縛られた。
先生に拘束された大猿の横を疾風の如く通り過ぎ、ひたすらに魔女を目指す。
魔女がワタクシを見て少し口角を釣り上げる。
転移呪文の詠唱を続けたまま魔女は二回指を鳴らした。リングから岩石の巨腕が二本生え、ワタクシに猛然と掴みかかる。
「「
その瞬間、鬼ごっこを征したハイ先生とホイ先生が左右からひょっこり現れた。
二人は
ワタクシはその巨腕の間をひた走る。
だが二度の危機を潜り抜けたのも束の間、三度目の危機が頭上から訪れる。
ラファエル先生の盾を遂に破ったルフが、ワタクシに向かって飛来した。
軽々とゾウをも掴む両足がワタクシを捕らえんと迫る。
それでもワタクシは立ち止まらずに魔女を目指して疾駆する。
巨鳥の鉤爪がちっぽけなワタクシを掴み取る。
「
その寸前に大きな叫び声が聞こえ、ワタクシのすぐ頭上を猛火が薙いだ。
熱ッ~~~!
ワタクシの髪の毛が数本炎に巻き込まれチリチリになる。
見上げるとルフは火だるまになり苦しみの叫びを上げて空をのたうち回っている。
あの怪鳥の巨体を丸ごと包むとはなんという火力。
だがその持ち主には一人だけ心当たりがあった。
観客席に目を向けると果たしてその人物が目に入る。
目が合ったレティシアはワタクシにあっかんべえをする。
モブと一緒に寝てたわけではないのね。
それでこそ自称ワタクシのライバルですわ。
心の中でレティシアのアシストを称賛しながらもサムズダウンを返してやった。
そして頭上の焼き鳥にはもう目もくれず、全力で魔女を見据えて疾走を続ける。
「素敵な友達を持ったね、ツェツィ」
エルフの魔法使いがワタクシをじっと見つめて似合わない微笑みを浮かべる。
「でしょう? みんな最高の友達ですわ!」
ワタクシは自信満々に魔女に言い返す。散々ワタクシの友達を傷つけておいて、素敵な友達だなんて一体どの口がそんなことを──。
──いや、待て。
魔女が詠唱をやめている。
ということは……。
「でも残念、ワタシの勝ちだ」
魔女の転移呪文が完成し、足元の魔法陣が金色に輝き燐光が魔女を覆う。
くそッ! 心の中で悪態を吐く。
ワタクシの足のなんとノロいことか!
友を傷つけ、道を違えた師に一矢報いてやらないと気が済まないというのに!
「じゃあね、ツェツィ。卒業する頃にでもまた会おう」
魔女は余裕の笑みを浮かべ、転移呪文で燐光と共に遥か彼方へ消え去る──。
「なッ!」
──ハズだった。
魔女が初めて驚愕の表情を浮かべる。
完成した転移呪文が効果を発揮せず消滅したのだ。
「バカなッ! 間違いなく呪文は発動したッ!」
魔女はらしくもなく狼狽え大声を上げる。
「結界の解除は成った! ラファエルの妨害もない! ────まさかッ!」
瞬時に考察を終えた魔女は視線をワタクシから明後日の方向に向ける。
その視線の先にはリオに支えられて立ち上がる、片足のパメラの姿。
「大王特権かッ!!」
「フフッ。知ってたでしょ? 魔王からは逃げられないよ、先生」
そう言って
「どおりゃああああああああああ!」
ついに辿り着いた
そして、叫ぶ。
「
唱えると同時にナイフを離して必死に身を翻す。
銀のナイフが赤熱し閃光とともに弾け飛ぶ。
凄まじい爆風がワタクシの背を突き飛ばす。
二転三転転がって本日三度目のリングを舐めた。
寝そべりながらも振り向き魔女の方を向く。
煙が魔女の姿を覆い隠している。
「やりましたの? あっ」
思わず零れた台詞がフラグど真ん中だと気づくがもう遅い。
「クククッ。まさかパメラが魔王の域に達していたとは。腑抜けは撤回しないとね」
煙の中から魔女が姿を現す。
こみ上げる絶望がワタクシを襲う。
あの至近距離の爆発で形を保っているなんて……。
これ以上一体何をしたらこの化け物を倒せるのだろう?
「よくやったね、ツェツィ」
え?
魔女から不意に投げかけられた褒め言葉に自失する。
「ワタシの負けだ」
魔女の口から敗北を認める言葉が零れた。
煙が晴れると魔女の全身が露になる。
──ない。
魔女の左半身が綺麗さっぱり吹き飛んで無くなっている。
誰がどう見ても致命傷だ。
ワタクシはサッと死に体の魔女から目線を逸らす。
「ワタクシたちの勝ち……」
「そう、キミたちの勝ちだ。どうしたんだい? もっと喜ぶといい」
そう勝ったんだ。あのエルフの魔法使いに。
パメラを傷つけられ殺したいとさえ思った。
「だって、先生……」
でもいざ手に掛けると、厳しいだけだったハズの修行の日々が走馬灯のように蘇るのだ。
「クククッ。らしくないね、ツェツィ。感傷に浸る前によく観察するべきだろうに」
え? その一言で再び魔女に目を向ける。
左半身はやはり寸分変わらず伽藍洞だ。
だがよく見るとその傷口は一滴の血も流れず、一つの臓器も見当たらなかった。
「貴女──」
魔女の断面は星の散りばめられた夜空が広がっている。
その様子には見覚えがあった。
そう、それは、部室でみんなと齧ったあの複製のリンゴと同じ……。
「──貴女、魔導輪転機で自分を複製しましたわね」
そう、このエルフの魔法使いは本人ではない。コピーだ。
「おや、まさか知っているとは。ということは一台は
「魔導輪転機を盗んだという賊は貴女ですの?」
「その通り。正確に言うと実行犯がワタシの仲間だ」
やっぱり。となると余計なコトを口走ったか。
この女に目をつけられて碌なことは無い。
ワタクシとリオの野望のためには魔導輪転機を失う訳にはいかないのに。
「いや、そう身構えなくていい。もうワタシはそれに興味が無いからね。と言うのも三つとも使い潰して複製を三体作ってみたはいいが、ご覧の通りどれもとんだ劣化コピーでね」
「劣化コピー?」
「わからなかったかい? コレはオリジナルの半分の出力もなかっただろう?」
複製を三人作った? オリジナルの力が倍以上?
サラッと恐ろしいことを言う女だ。
「消える前にボクも聞こうか、サリサ。今日の襲撃は学園だけが目的じゃないね?」
ハヌマーンを下したラファエル先生がいつの間にかワタクシの頭上に浮いていた。
「ああ、相変わらず冴えてるね、ラファエル。今頃別のコピーとグドルフがルーヴェンブルン王を殺して、オリジナルとバルサザールが魔王領を奪還しているだろうね」
そして、突然告げられるワービーストの武闘家グドルフの裏切りと四天王バルサザールの復活。
「そんな、お爺様が!」
だがなによりワタクシの心を貫いたのは祖父、ルーヴェンブルン王の暗殺だった。
「血に飢えた魔族を煽るのは拍子抜けするほど簡単だったよ。軍の集まりは上々さ。そしてこのワタシの目的は学園の生徒を殺して戦争の引き金を引くこと。あとは学園長とキミの足止めだ。だが達成できたのはキミの足止めだけ。この作戦は失敗だね」
コピーの魔女の右半身が崩れ始める。
崩壊を続けながらも魔女は心底楽しそうに語る。
「これじゃ開戦はしばらくお預けだろうね。まあでもそれなりの騒動は起こせたから、必ず離反者は現れる。学園は崩壊するかな? 条約は保つかな?」
「残念だけど、この程度でフリーデンハイム学園は揺るがないよ、サリサ」
「そうですわ。人々の平和を求める心もテロリストの凶行なんかでは挫けませんわ!」
魔女の不穏な期待にワタクシは精一杯強がってみせた。
「クククッ、そうかい。なら次は大魔王でも覚醒させてみようか? ワタシは全力で戦争を作って待つとするよ。温室育ちの勇者様が平和の中で生み出してくれる愛と文化をね」
ワタクシとラファエル先生の希望を嘲笑いながら魔女が消えていく。
「じゃあね、ツェツィ。キミのエロゲを楽しみにしているよ」
最後に手を振りそう言うとエルフの魔法使いの劣化コピーは星屑になって消えた。
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