第6章 エロゲは世界を救う

第32話 退屈

「よくぞ戻った勝者たちよ。だが此度の大会に安息はない。許してくれたまえよ」


 アルハンブラ先生のしわがれ声が会場に響く。


 予選を勝ち抜いたワタクシが転移させられたのは修練場の中央リングだった。予選が終わって一息着く暇も無く決勝が始まるようだ。

 超実践主義のサリサ先生のなんと悪趣味なこと。


 計八ブロックの予選勝者が中央リングに並んでいる。


 真っ先に目に入るのはパメラとリオとジゼル。

 なんと決勝の半分は新聞部のメンバーだ。流石はワタクシの友人たち。


 斜向かいのパメラと目が合いワタクシと同時に微笑んだ。


 残りは翠玉のオーガ、黄玉のリザードマン、紫晶のゴブリン、黒曜のドワーフ。

 もしワタクシと当たらなかったらきっとここにレティシアがいたのでしょうけど。

 他に思いつく大物だと黒曜のヴァンパイアや金剛のエンジェルがいませんわね。

 

 そしてその八人の中で一番みすぼらしい恰好をしているのはこのワタクシだった。

 ワタクシは今、灰まみれのブラウス一枚の姿で衆目に晒されている。

 サリサ先生を呪う理由がまた一つ増えた。


 そんなことを考えているとアルハンブラ先生の号令がかかる。


「全選手そろったな。それでは、これより第四回フリーデンハイム学園魔術対抗戦の決勝トーナメントを始める。お互いに向かいの者が第一回戦の相手だ」


 ワタクシの向かいは翠玉のオーガ。

 その一際大きな図体を学園食堂でよく見掛けるが、何者なのかはよく知らない。だが、あの激しい予選を勝ち残りこの場にいる時点で只者ではないことは明らかだ。


 レティシアに折られたせいで剣はもう無い。果たして丸腰で勝てる相手だろうか?

 再びの激戦を想像し、またワタクシの胸が高鳴る。


「それでは一旦全員リングから降りなさい」

「その前にちょっといいかい、アルハンブラ? 彼らに一言賛辞を送りたい」


 アルハンブラ先生の指示をサリサ先生が手を上げて遮った。


「ああ、かまわんよ、キミに褒められるとあれば彼らも光栄だろう」


 許可を得たサリサ先生は貴賓席から立ち、呪文も音もなくふわりと飛び立った。

 四人ずつ向かい合うワタクシたちの丁度真ん中に、エルフの魔法使いが降り立つ。


「みんな、まずは決勝進出おめでとう。経過がどうあれ運も実力の内、今この場にいるキミたちが一年次最強の八人だ。誇るといい」


 いつもの何の感慨も無さそうな全くの無表情で、先生は淡々と賛辞を述べる。


 それでも一同の顔は綻んだ。

 世界最高の魔法使いに褒められて喜ばない者などいない。


 数少ない直弟子のワタクシも褒められたことなんてほとんど無い。

 素直に嬉しい反面、貴重な機会が他の者と一緒くたなことがちょっと悔しかった。


「だが悲しいかな、若さ故の技量の未熟さを差し引いても、キミたちの予選はあまり面白い見世物ではなかった。世界中のエリートの集まりと聞いていたから拍子抜けだったよ。決まりごとに慣れ過ぎて、ルールの穴を突く狡猾さも、他者を利用しつくす残忍さも足りないと見える。まあ平和な時代に生まれたキミたちだから、温いのは仕方がないかな」


 そして、やはりサリサ先生だ。上げたと思ったらすぐ落としてくる。

 ワタクシとパメラとジゼルを除く慣ない者たちは少し残念そうに顔を曇らせた。


「しかし最初に言わせてもらった通り、ワタシは退屈が嫌いでね。だから────」


 能面のような表情のままエルフの魔法使いは続ける。














「────今からワタシと殺し合いをしよう」


















 ────────────────え?










 ────────なんて?







 ──殺し合い?



 先生が何を言ったのか頭に入ってこない。


 時が止まったように静かになる。


「ああ、当然こうなるか。ではこちらから行こう」


 そう言うとサリサ先生の指がパチンと鳴り、その頭上に光の玉が八つ現れる。

 

 アレってワタクシの──。 

 そう思った刹那、光玉が光線となってワタクシたちを貫く。


迎撃パトリオット!」「盾よ!」「明滅ブリンク!」

 

 各々が最短最善の手段で光線に対処する。


 ワタクシは光球で相殺し、パメラは斥力の盾で歪め、リオは空間の位相をズラす。

 ジゼルは身体能力のみで光線を回避していた。

 

 だが他の四人は直撃したようだ。

 リザードマン、ゴブリン、ドワーフが金色の光に包まれ医務室へと消える。

 オーガは致命傷には至らなかったようだがよろめき膝をついた。


「せ、先生! 何を!?」

「言っただろう? 殺し合いだよ」


 取り乱すワタクシとは裏腹に全く表情を変えずに先生は恐ろしい言葉を繰り返す。


「ご冗談を!」

「はぁ……。ツェツィ、ワタシが本気じゃなかったことが一度でもあるかい?」


 ──ない。


 短い間だったが彼女と過ごした修行の日々を思い出す。

 どんな荒唐無稽な思い付きも、摩訶鉢特摩まかはどまよりキツイ修行も、顔色一つ変えずに指示してのけるのがこの女だ。


「でも──────」


 でもこんなことをする理由がわからない。

 フリーデンハイム学園で生徒を襲うなんて、全世界に弓を引くも同然の行為だ。

 いくら救世のエルフの魔法使いといえども穏便な末路は待っていない。

 そんなワタクシの疑問が口から放たれる前に、先生が言葉を発する。


「じゃあみんなに本気とわかるように──」


 先生の指が再びパチンとなる。



「── 一人殺してみようか?」



 最強の魔法使いの口から零れる死の宣告。

 パメラの後ろで闇が渦巻き獣の顎を形作る。


「パメラッ!」

「盾よ!」


 ワタクシの言葉で気づいたパメラが振り向き斥力の盾を闇の大顎の前に展開する。


 だが全てを捻じ曲げるパメラの盾は、闇を阻むことなく霧散した。

 

 闇の顎がパメラの左腰に喰らいつき──そして、大きく嚙み千切った。


「ああああああああああああああああああああ!」


 激痛にパメラが絶叫する。

 その叫びが途切れると、闇は役目を終えたと掻き消えた。


「パ、パメラ……?」


 闇が晴れ、静寂とともにパメラの全身が露になる。

 

 ──ない。


 パメラの左脇腹から下がごっそり無くなっている。


 右膝を折ってガクっとパメラが崩れ落ちる。

 左脇腹から真っ赤な血潮が流れだし、温かな臓腑がまろび出る。

 胴から離れたパメラの真っ白で綺麗な左脚が血の海に浮かぶ。


 誰がどう見ても致命傷だ。


 瞬間、色んな思いがワタクシの頭を駆け巡る。


 どうして盾で防げなかった? 


 いや、そもそも護符の効果は? 



 パメラが………………………………死んじゃう? 



 しかしただ一つ、そのどれよりも強い思いがあった──。


「腑抜けたね、パメラ」


 サリサ先生が血溜りに沈むパメラに無感動に吐き捨てる。


 ──コイツはもう敵だッ!!!!


「紅蓮よ、中劫刻む地獄のシ者よ! 友に仇なす愚かな賢者に永久とこしえの贖罪を! 罪滅ぼしの赤き蛇ネフシュタンインフェルノ!」


 ワタクシは呪文を絶叫する。

 レティシアと炎を競った時よりも、なお苛烈な意思を込めて。

 

 生まれて初めて誰かを殺すつもりで。


 ワタクシの身の丈の二十倍はある炎が、空中で灼熱の大蛇を形作り怨敵を襲う。

 エルフの魔法使いはその獄炎を見て今日初めての笑みを浮かべた。


「炎よ」


 一言そう口にすると、魔女の前に天まで届く炎の柱が上がる。

 大蛇と火柱が激突し、両者が無数の眩い火の粉を散らして消滅した。


 たった一語でワタクシの渾身の一撃を相殺!? 


 だが、今は彼我の実力差にショックを受けている場合ではない。


「ジゼル! ラファエル先生を! リオ! パメラを保たせて!」


 ワタクシはリング上で放心している仲間に指示を飛ばす。


「はい!」

「りょ、了解ッス!」


 ワタクシの命令を聴き、ジゼルは即座に紅いメイド服のスカートをたくし上げる。

 ジゼルは大腿のベルトにいくつも刺している銀のナイフを一本手に取る。

 

 そして、ジゼルは一瞬も躊躇うことなく自分の喉を掻き切った。


 致命傷を受けたジゼルは護符の効果で医務室に飛ばされる。

 まさしく医務室のラファエル先生を呼ぶための最短ルートだ。


白金しろがねよ、内なる回廊を閉ざせ! 彷徨把持鉗子クリーピングクリップス! うしおよ、閉ざされし回廊を満たせ! 循環する潮騒アクアヴィテ


 リオはパメラに駆け寄って、魔法で止血を行いつつ失った血液の代替を始めた。

 ワタクシやパメラに謙遜しがちだが、二属性の完全同時行使なんてリオにしかできない神業だ。


 目の前のこの女は当然の例外として。


「クククッ。良いねツェツィ。今の一撃も判断の速さも。それに友達も優秀だ」

 

 エルフの魔法使いは少し声音高く嬉しそうに言う。


「これはパメラを選んで正解だったね」


 この女のことだ、癇に障るその一言もおそらくワタクシを煽る意図は無いのだろう。


 ならばあくまで冷静にワタクシは貴女をぶっ飛ばす!! 


 周囲の状況を察し呪文を叫ぶ。


「紫電よ! 我が敵を縛れ! 空白を呼ぶ霹靂スタニングブリッツ!」


 ワタクシの指先から人一人を軽く昏倒させる出力の電光が走る。


 だが魔女には届かない。

 指を弾く動作すらなく電光が見えない壁に阻まれて搔き消える。


再演アンコール! 再演アンコール! 再演アンコール! 再演アンコール! 再演アンコール!」


 ワタクシは何度何度も同じ呪文を放つ。そのたびに無意味に電光が消えていく。


「らしくないね、ツェツィ」


 エルフの魔法使いがワタクシの電光をあしらいながら嘲う。


「うおおおおおおおおおお!」


 魔女の注意がワタクシに向いた隙を突き、翠玉のオーガが雄たけびを上げ走る。

 オーガは拳を大きく振りかぶり魔女を背後から殴打せんと迫った。


「自分以外を信じるなんて。賢くなった、いや小賢しくかな?」


 魔女がパチンと指を弾く。

 石造りのリングから鋭い石柱がいくつも生えてオーガを串刺しにする。

 オーガの拳が魔女に届く寸前で、オーガは金色の光となり医務室へ消えた。


 次の瞬間、大きな影がリングを覆い、天からどす黒い濁流が降り注いだ。


「盾よ」


 魔女が一言発すると、濁流は見えない盾に遮られ、リングへと放射状に流れ出す。


 ワタクシの膝下を真っ黒な水が川の様に通り過ぎていく。流されてしまわぬように思い切り踏ん張って耐える。


 濁流が尽きるや否や、黒い水で形作られた巨竜がリングに降り立ち右腕で魔女を叩き伏せた。


 中空で不可視の盾と水竜の一撃が拮抗する。


 そして、水の巨竜の頭上には見たこともない憤怒の形相を浮かべる年老いたリザードマンの姿があった。

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