第30話 白黒つけて大勝利
ワタクシは意を決して真っ黒な炭の大地に舞い降りる。
炎の翼を解いた途端、聞こえてくる煩わしい大きな声。
「あーッ! いたわねツェツィ! いるならもっと早く出てきなさいよ! このバカチンッ!」
底抜けに元気な金剛のドラゴニュートが何やら叫んでいる。
ワタクシは大きく溜め息をつく。
「それは貴女の都合でしょう、レティ? ワタクシの目標はあくまで優勝。貴女との勝負はついでですわ、つ・い・で」
「ふっざけんじゃないわよッ! 食堂での台詞覚えてんでしょうね! 今すぐここで白黒つけて、おじさんに土下座させてやるわッ! 顔面炭まみれになりなさいッ!」
あんな呪文を二発も放っておきながらなんて元気な子だろう。護符にヒビも入っていない。消耗を期待したワタクシがおバカでしたわね。
まあ、ワタクシも被弾はないけれど。
「受けて立ちますわ。でもいいの? ワタクシたち
「ハアアアァァァアァッ?」
右の方を親指で差すと、下品な声を上げてレティシアもそちらを向く。
如何なる手段でこの破壊から逃れたのか。
蒼玉のオニとナーガ、黄玉のハーフリングが密林から現れた。
「なによ! 一人しか減ってないじゃないッ!」
まとめて全員仕留めたつもりだったのだろう、レティシアが憤慨しながら言う。
どうやら密林最強のドリアードはさっきのマップ兵器で敗退してしまったようだ。
「ああ、なんてめちゃくちゃな
言葉とは裏腹にどこか楽しそうにハーフリングが言った。
その直後、赤い膜に木々が飲まれて密林が全て戦場外となる。
「クカカッ、策士策に溺れるというやつじゃな」
「笑っておる場合では無かろう。最早用意した仕掛けもなし。我ら三人の力のみでご息女殿と竜姫殿を討ち取らねばならぬのだぞ?」
「ああ、しんどいしんどい。人が多けりゃ楽ができるというものでもなかったの」
「このまま三人で挑ませて頂きます。弱者のハンディキャップと思って悪しからず」
オニとナーガが軽口を叩き合い、ハーフリングが共闘継続を宣言する。
手練れの前衛二人に凄腕の幻術師の後衛。
かなり手強いパーティーだ。
さてここからは普通に考えたら三対一対一の混戦だろう。あっちの三人もそう思っているようだ。
だがこのドラゴニュートが予想通り動かないのはワタクシが一番よく知っている。
「アンタたち、アタシとツェツィの勝負の邪魔だからとっとと消えなさい。
三人組に吐き捨てるような台詞とともにレティシアが右手を払い熱波を放つ。
ほんの短い簡易呪文で、皮膚を丸ごと焦がし尽くす熱が十数メートルにわたって放射状に広がる。
世界最高峰の火属性使いを自負するワタクシを凌駕する呆れた出力だ。
「
熱波に飲まれる前に、ナーガの少女が簡易呪文を唱え、オニとハーフリングの服をグイッと掴んで下方に引き下ろす。
すると三人の姿が地面の中にトプンと消え去った。
熱波が三人組のいた位置を虚しく過ぎ去っていき、戦場外の木々を炭化させる。
なるほど、さっきの巨大な炎を逃れたトリックもこれだろう。
そして
「西風吹かば 萌えたる木々の 花も散るらん、
ナーガと同時に地面から飛び出したオニが、乱れ狂う風の魔力を込めた大太刀をレティシアに振るう。掠っただけで肉を根こそぎ持っていかれそうな竜巻を帯びた刃が走る。
「
レティシアが叫ぶとその両手が赤い鱗に覆われた竜のソレに変わる。
芝刈り機じみた風の刃を真っ向から右手で受け止め金属がぶつかり合うような耳障りな音が響き火花が迸る。
「なんとぉーッ!」
ナーガとの連携が決まった上での渾身の一撃を受け止められ、オニが驚嘆の声を上げる。受けきったレティシアはすかさず左手をオニの腹を抉り取るように振るった。
「
ハーフリングの幼い声が聞こえたかと思うと、オニの姿が揺らぎ、レティシアの爪がすり抜けた。爪を受けたオニは景色に同化するように消え去り、反対側にオニが出現する。
レティシアは振り向きざまに右爪で薙ぎ払う。
だが爪がオニの巨体を捕らえるより早く、ナーガが再びオニを地面の中へと連れ去った。
「ああ、もうッ! 何よッ! めんどくさいわねッ!」
レティシアが地団太を踏む。
基礎スペックで圧倒しているのに翻弄されてお冠の様子だ。
「アンタもいつまでボーッと見てんのよ、ツェツィ!」
「そりゃいつまでもですわ。だって今のは貴女が売った喧嘩でしょう?」
「アタシとの勝負はどうすんのよッ!」
「勝負? 順位がそのまま対抗戦の勝敗でしてよ? ワタクシとしてはそのままレティがやられてくれた方が、労せず目的を遂げられますわ」
「ああ、もうッ! これだから浅知恵の毛無し猿は嫌ッ! いいわッ、アタシが一人で勝つところをそのままジッと指咥えて見ときなさいッ!」
レティシアは漆黒の炭の大地を睨みつける。
三人組が出てくる瞬間を狙っているのだ。
このまま負けてくれたら一番楽だが、もし時間ギリギリに勝たれでもしたら、狭まりきった戦場では不慮の場外負けの心配も出てくる。それを気にしながら戦うなんて想像するだけで面倒くさい。
寛大なワタクシはレティシアに攻略のヒントを授けることにした。
「じゃあレティ、一言だけ助けてあげる。あのナーガの技、多分条件は黒よ」
闇と同化したり、影に潜ったりするのは闇の魔術師や忍者の常套手段だ。おそらくあのナーガの術もその類。
しかし、今この戦場は何の障害物もない炭の大地と化しており、影など差す場所も無い。
ならばあのナーガが潜る条件は何か?
「黒?」
レティシアがオウム返しする。そう、黒だ。
見渡す限り真っ黒なこの炭の大地であのナーガに死角は無い。
「クカカッ、種が割れてしもうたの。じゃが解ったところでそち自ら作り上げたこの一面の黒、どうすることもできまい? もちろん攻撃の隙も突かせぬ。このままじわじわ削らせてもらうぞえ?」
どこからか勝ち誇ったナーガの少女の声が響く。
このナーガ、おそらく言動からはエンジョイ勢なのだろう。
だが何故そうやってフラグを立ててしまうのか。
「なるほど。じゃあ、白くすればいいのね!
「は?」
術者本人の直々の答え合わせで解答を悟ったレティシアは、翼を何倍にも大きく広げて空に舞い上がる。姿の見えない蒼玉のナーガはそれに困惑の声を漏らした。
げっ。
脳筋アイドルの意図を悟ったワタクシは踵を返し全力で戦場の端へと駆け出した。
天空から歌うような可憐な声が響く。
その声が途切れる前に、ワタクシは場外ギリギリにある大きめの炭の後ろに身を隠す。
そして、全力で斥力の盾の誓願呪文を詠唱した。
「盾よ、全てを曲げる斥力よ、我を脅かす災いを阻め!
「炎よ、万象の始まりは白、万物の終わりも白。我が祝詞に共鳴りて万有を真白に染めよ!
火竜の姫が誓願呪文を唱え切ると、口から一筋の光が放たれ炭の大地を穿った。
一瞬の静寂の後、最早爆発と形容するのもおこがましい破滅が戦場に吹き荒れる。ワタクシを隠した炭が吹き飛び、斥力の盾の上を滑っていく。
ぎゅっと目を閉じて、数秒後の自分の無事を祈る。
でも、この世界で祈る先は創世の女神で良いのだろうか? そもそも前世では誰に祈ってましたの?
唯一神? ゼウス? 祖先? お天道様?
神って何?
前世の記憶で頭の中はめちゃくちゃだし、盾の外はレティシアのせいでめちゃくちゃだし、もう何が何だかわからない。
そして、本当の静寂が訪れる。
ワタクシが目を開けて立ち上がると、そこには白い世界が広がっている。
真っ黒な炭の大地は焼き尽くされて、真っ白な灰の大地に生まれ変わっていた。
炎天の下、雪を踏みしめるみたいに、灰に足跡をつけながら中央を目指す。
灰の雪原の中心に蒼穹から純白の衣装を纏った真っ赤な少女がそっと降り立った。
その神秘的な光景に思わず息を飲む。
だがそれも束の間、すぐにその張本人が大声で雰囲気をぶち壊す。
「大・勝・利! どんなもんよッ! 何か言ってみなさいよ、ツェツィ!」
「ええ流石ね。あらゆる困難を火力で解決する貴女には開いた口が塞がりませんわ」
ワタクシはレティシアのリクエストに応えて素直な感想を述べた。
「アンタ、絶対褒めてないでしょそれッ!」
「めちゃくちゃ褒めてますわ、いや、ホントに。貴女のいう通り大勝利じゃない」
「ええ、僕らの完敗です。いやあ、実に地力の差を見せつけられました」
自分たち以外の声が会話に割り込んだと気づいて、ワタクシとレティシアは同時に目を向ける。
真っ白な世界に黄色い制服を着た金髪のハーフリングがポツンと立っていた。
「どうやってアレを凌いだのよ?」
「まだ何か小細工をするつもりかしら? 今度は二人で相手になりますわよ?」
ワタクシとレティシアが身構え、ハーフリングはわざとらしく両手を上げた。
「ああ、そんなに身構えずに。敗北の挨拶に来ただけですよ。頼みの綱の二人は医務室に旅立ってしまいましたからね。僕一人では貴女たちをどうしようもない。万事休すです」
笑う胡散臭いハーフリングを見据えて、ワタクシたちはなおも警戒を続ける。
「それではまた学園でお会いましょう、美しいお二人さん」
そう言い残すとハーフリングは振り返って、戦場の外へと出て行こうとする。
どうやら本当に棄権する気のようだ。
ワタクシはその小さな背中に声をかける。
「三位おめでとう、覚えておいてあげますわ。貴方、お名前は?」
ワタクシの言葉にハーフリングは首だけで振り向き笑った。
「今はニックとだけ。詳しい身の上はまたお茶会の時にでもどうです?」
「じゃあね、ニック。貴方は永遠にニックですわ」
ニックは小さく笑うと灰に小さな足跡をつけながら赤い膜の向こうへ消えていった。
十秒しっかり数えてニックの退場を確かめる。
そして、やっとワタクシとレティシアは相対する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます