第26話 あの日

「それでここが食堂、生徒の半分くらいはここで昼ごはんを食べるよ」


 講義塔を出てワタクシたちは休憩がてら食堂に先生を案内した。

 カフェタイムに入った食堂で思い思いのスイーツを取った後、ドリンクバーでコーヒーを入れて席に着く。


「そういえば先生、いつもの帽子と杖はどうしたの?」


 座ってみたことで気づいたのだろう、パメラが尋ねた。

 本当だ、たしかに今日の先生はエルフの魔法使いのトレードマークである魔女帽子と世界樹の大杖を身に着けていない。


「ああ、置いてきたんだ。学生の相手なんて大仰な装備は必要の無い用事だからね」


 サリサ先生はコーヒーを一啜りした後、思い出したかのように続けた。


「帽子と杖といえば。応接室でキミたちの新聞を読ませてもらったよ」


 げっ。しまった。それはマズい。

 その一言でワタクシたちの脳裏に電光が走る。


 良い記事ができたと浮かれて、本人に読まれるという可能性を想定し忘れていた。


 あの地獄の修行を経て、先生のことをワタクシは血も涙もない合理主義の鉄の女とハッキリ書いたし、ジゼルは人命より愉悦を優先する快楽主義の破綻者と感想を述べている。

 ここまでエルフの魔法使いのネガキャンを行った文書は世界中探してもそうは無いだろう。


「こ、光栄ですわ。そ、それで、ご感想はいかが?」


 先生の口から飛び出す感想を想像して、胃がキリキリと悲鳴を上げる。


「うん。実に良かった。ワタシのことを記した書物の中では最も事実に即しているだろう。巷に溢れるワタシの情報は神格化された虚像ばかりで辟易していたところだ」


 予想外の高評価を得て呆気にとられるパメラとワタクシ。


「一面の絵も素晴らしかった。あんなに色彩豊かで正確なワタシの肖像は初めて見たよ。動画魔法も秀逸だし、ワタシの放つ魔術も良くできている」

「むふー」


 先生がパメラの絵を褒めちぎると、パメラの得意げなむふーが漏れた。


『ちょっと、パメラ、バレていいんですの?』


 ワタクシが焦ってパメラをつつくと、パメラはすぐにしまったという顔をする。

 だが時すでに遅し。先生はパメラの反応を見逃していなかった。


「ん? 嬉しそうだねパメラ」

「あっ。あの、それは、え、ええと……。え、絵は私が描いたんだ」


 パメラはどう取り繕うか少し迷い、諦めたのか白状した。

 それを聞きエルフの魔法使いが目を細める。

 この女が表情を変えるのは余程のことだ。


「あれをパメラが? ……なるほど、あれが五年の成果という訳か。うん。あれはあれでいい仕事だ」


 絵を成果として認められてパメラの焦った顔に笑顔が戻る。


「しかし、上達したのが絵だけだとしたらなんとも残念だ。キミはツェツィと同じくらい世界を面白くしてくれるに違いないと思っていたからね」


 だが上げたと思ったらしっかり落としてくる。合理主義が高じて実用技術にしか興味が無くなった感のあるこの女にとって、やはり芸術は低評価のようだ。


「先生、パメラの絵のお陰で新聞は成り立ってますの。まあもう少し見ていてくださいまし。我がフリーデンハイム学園新聞部が必ずや世界をもっと面白くして差し上げますわ」


 エロゲを世界に流行らせてね!

 パメラの曇り顔を見てワタクシはエルフの魔法使いに確信している未来を告げる。


「クククッ。心強い言葉だね。じゃあキミたちには大いに期待するとしよう」


 そう言ってエルフの魔法使いは少しだけ嬉しそうに笑った。


          ◆◆◆


「それでここが修練場。魔術とか、戦闘の実習をする時はここを使うんだ」


 食堂でコーヒーを飲み終え、大庭園を散策した後ワタクシたちは修練場に来た。

 三人で観客席からリングを見渡す。

 商都のコロシアムを模したレンガ造りの壁に西日が差す。


「なるほどね。ここが明日の会場か。随分面白い結界が張ってあるようだね」


 サリサ先生が日の傾きかけた空を見上げながら呟いた。

 修練場の上に結界が張ってあるらしいがワタクシにはサッパリわからない。


「それで医務室はどの辺りだい?」


 会場を一望した後サリサ先生が気にしたのは医務室の位置だった。

 この女が怪我をした生徒の心配をするようなタマだろうか? 

 ワタクシが訝しむ中パメラが指をさして答える。


「あっちの入場口のずーっと奥。歩くと十分くらいの距離だったよ」

「おや? 医務室を使ったのかい? まさかキミが治療の必要な怪我を?」

「先日の魔術実習でちょっとワタクシと勝負してハメを外し過ぎたのですわ」


 ワタクシがエロゲに目覚める原因になったあの魔術実習を思い出し答えた。


「クククッ。キミたちの勝負が原因か。それなら納得だ」


それを聞いてエルフの魔法使いはらしくもなく口角を吊り上げて笑う。


「思い出すね、あの日もキミたちは派手に戦った。本当に面白い見世物だったよ」


 サリサ先生のその一言で、ワタクシの左脇腹の古傷がズキッと疼いた気がした。


 あの日。

 そう、五年前、ワタクシとパメラが全力で勝負してお互い大怪我をした日。

 パメラが本気を出すのをやめて、疑心暗鬼の引きこもり魔族になった日。

 ワタクシが力に執着するようになって、邪知暴虐の悪役令嬢になった日。


 それはエルフの魔法使いの百日修行の最終日。

 本気の模擬戦をこの女に命じられた日。


「ワタクシが目覚めたら貴女はもういませんでしたわね。最低のお別れでしたわ」

「この五年間、あの日の後悔を忘れたことは無かったよ、先生」


 二人の心の奥底からこの女のせいで仲違いしてしまったという思いが沸き上がる。


「クククッ。そんなに怖い顔をしないでおくれ。悪かったと思っているとも」


 隠せぬ不快を露にするワタクシたちに、先生は顔色一つ変えずに謝罪を口にした。


「あの時は一言も声をかけずに去ってすまなかったね。さあ、これで仲直りだ」


 エルフの魔法使いがワタクシとパメラに握手を迫る。

 ワタクシたちは不承不承その手を取って握り返した。

 ワタクシとパメラはすぐ同時に手を離し、パメラが話題を変える。


「じゃあ先生、次行こうか。修練場の裏の森をちょっと行くと湖畔に学園聖堂があるんだ。創世の女神様を祀ってて、聖教徒の生徒が朝の礼拝をしたりするんだよ」


 パメラがこの位置からは見えない湖の方向を指差しながら続ける。


「それでその隣にボロボロの小屋があってね、そこが私たちの部──痛ッ!」


 ワタクシはパメラのお尻を強くつねって言葉を遮る。

 エルフの魔法使いを部室に案内するわけにはいかない。

 部室には魔導輪転機が置きっぱなしだ。

 万が一魔導輪転機のことがバレてこの女の興味を引けば、碌なことが無いのは火を見るより明らかだった。


「そこがワタクシたちの物置ですわ。寮が狭すぎてコソッと私物を置いてますの」

「痛タタ……。じゃあ、学園聖堂を案内するね」


 ワタクシの咄嗟の言い訳に続けてパメラがお尻をさすりながら言った。


「学園聖堂か……。いや、もう解散にしよう。会食の時間も近くなってきたしね」


 サリサ先生は少し考えてから、解散を宣言する。


「今日はありがとう、ツェツィ、パメラ。お陰で学園をだいぶ把握できたよ」

「こちらこそ。五年ぶりに先生に会えてよかった、昔話も面白かったよ」

「それではまた明日。今度のしごきはお手柔らかにお願いしますわね」

「クククッ。それは約束できないな。明日の健闘を楽しみにしているよ。じゃあね」


 サリサ先生はそう言い残すと、金色の燐光を纏い、次の瞬間姿を消した。


 数秒待って、完全にエルフの魔法使いがいなくなったことをしっかり確認する。


「お、終わった~~~」

「ええ、ワタクシたちなんとかやり遂げましたわね」


 エルフの魔法使いの重圧感プレッシャーから解放されて、笑顔でハイタッチを交わす。


「絵の話になった時にはどうなるかと思ったよ、ツェツィ、フォローありがと」

「お安い御用ですわ。パメラの絵が凄いのはホントですもの。むしろあの女にパメラの絵の価値をもっと認めさせてやらなければなりませんわ」

「そのためには新聞をもっともっと流行らせなきゃだね」


「ええ。だから、明日の校内魔術対抗戦、勝つわよ」

「うん、ツェツィがレティシアに勝って、アニマクロスに宣伝してもらうんだよね」

「違うわ。ワタクシだけじゃなくて、パメラも勝つのよ」

「え? 私も?」


 パメラがワタクシの言葉を聞いて意外そうな顔をする。

 まったく、この子はいつも自分が当事者じゃないと思ってるのが玉に瑕ですわね。


「そう、パメラだけじゃなくジゼルにもリオにも勝ってもらわないと困りますわ!」


 ワタクシは新聞の宣伝戦略を、ひいてはエロゲブランドの確立を想って吠えた。


「新聞部全員で好成績を残して目立てば、レティシアに頼らなくてもワタクシたち自身がインフルエンサーですわ! リオに言っておきなさい、地味な退場は承知しないってね!」


「フフッ。ホントだ。勝てば人気者だね。じゃあ新聞部で上位を独占しちゃおう!」


 ワタクシたちは拳と拳を突き合わせて、明日の対抗戦で勝ち抜くことを誓った。

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