第15話 異世界エロゲお嬢様部

「さて、いい具合に話が纏ったみたいだね」


 パンパンと手を叩き、親目線で沈黙を保っていたラファエル先生が声を上げる。


「じゃあ正式にこの四人とボクで新聞部創設といこうか」


 そう言いながらラファエル先生はパラッと机の上に一枚の紙を広げる。


「ツェツィ、パメラ、リオ、ジゼル。この紙にサインをしてよ。それと──」


 ラファエル先生は記名欄の横の空欄を指差して、いつも通り面倒くさそうに言う。


「部長と会計と書記を決めてほしいな。なるべくちゃちゃっとお願いね」


 忘れてた。

 ワタクシにとっては初めての学生生活、前世のオッサンにとっては十五年前のイベントだ。

 こういう時は一番仕事の多い部長を押し付け合うことになるのだ。


 頭を打つ前のワタクシであれば進んで部長に立候補していただろう。

 だが今のワタクシはエロゲを作るのが目的で、新聞部の部長など面倒ごとはできる限り御免こうむりたいところだ。


「僭越ながら、このジゼル、書記を勤めさせて頂ければと存じます」


 神速でジゼルが挙手して書記に立候補する。

 やられた。流石はワタクシのジゼルね。


 厄介な役職が振られる前に、あえてそこそこの役を占めてしまう責任逃れの常套手段だ。


「はいはい、ジゼルが書記ね。みんなそれでいい?」


 しかもどう見ても一番几帳面なジゼルが書記に適任だ、異論を挟む余地がない。


「え、ええ。よろしくね、ジゼル。じゃ、じゃあ会計はワタクシが」

「いや、ツェツィさん。会計はウチがやるッスよ」


 くそっ。このエルフ、やっぱり会計を取りに来ましたわね。


「いえいえ、出納管理はパトロンであるワタクシがするのが一番楽ですわ」

「いやいやいや、公爵令嬢に出納管理させるなんて畏れ多いッスよ。いや、ツェツィさんの金銭感覚を信頼してないってわけじゃないんスよ。全然、一切、全くもって」


 ぐっ。金銭感覚の話を出されると弱い。

 なにせワタクシは服を棚ごと買うような女だ。


「それにツェツィさんには是非部長を務めて貰いたいッス。勇者の娘の新聞だなんて箔が付けば、集客効果はバッチリッスからね」


「いえいえいえいえ、ワタクシ頭を打つ前は悪逆の限りを尽くしましてよ? 悪名が影響しては大変ですわ。それに学生の半分は魔族だから勇者の名がプラスに働くとは限りませんわ。それより言い出しっぺで戦略眼もあるリオこそ部長に適任なのではなくって?」


「いやいやいやいやいや、ウチにはカリスマが足りないッス。こんな胡散臭い死の商人の娘が頭目の新聞なんて、三流ゴシップ記事と思われるに決まってるッスよ!」


「でもワタクシ、言ってしまえば新聞部に寄生してエロゲを作る獅子身中の虫でしてよ? そんな輩が部長に相応しいと本当に思って?」


「会計はリオがいいんじゃない? なんか一番お金に強そうだし」


 ワタクシとリオが論理的に会計職を奪い合う中、パメラが感覚で口を挟む。


 くそっ。この女、対岸の火事だと思ってやがりますわね。


 ならば──


「それならパメラこそ部長に適任ではなくって? さっきはパメラの一言で新聞部が見事に纏りましたのよ。リーダーの資質として一目置けますわ!」

「ええッ! 私が部長ッ? やだやだ! 目立つの怖いッ!」

「子供かッ!」


「でもさっきのツェツィさんの理屈だとパメラさんこそネームバリューがマイナス方向にマズいッスよ。“裏切りの”ペトルスクロイツなんて人類連合側も、ましてや魔族同盟側の心証なんて最悪ッスからね。あ、すんませんパメラさん、他意はないッス」

「そう! そうだよ! 私のせいで新聞もエロゲも売れなくなっちゃうよ?」


 ぐ、ぐぬぬ。

 パメラを巻き込もうとしたがぐうの音も出ない正論で殴られ反論できない。


「ぜ、全面的認めるわ。それに絵師の仕事量を考えると、パメラはフリーが適切ね」

「うん! そうだよね! 私頑張って絵を描くから!」


 パメラが心底嬉しそうに同意する。


「さて、そうなるとじゃあ、部長は決選投票ッスか?」

「いえ……、今の議論で結論は出ましたわね」


 ワタクシはリオの提案を即座に遮り、観念して告げる。


「ワタクシが部長をして、リオが会計をしましょう。それが間違いなく最適解ですわ」


 我が新聞部はジゼルを除けば皆何かしら家名に傷を持っている。


 魔族殺しの勇者。

 戦争売りの死の商人。

 四天王の裏切り者。


 その中で一番肩書としての世間の心証がマシなのは、やはりワタクシだ。父が連合側の大英雄であることは間違いないのだから。


 そして当然一番会計に適任なのはリオで、パメラは絵師という最重要の役割がある。


 よってワタクシが部長として勇者の娘の肩書を存分に活用するべきなのだ。

 頭を打つ前の悪名などこれから払拭していけばよい。


「という訳で先生、決まりですわ」

「はいはい了解、ツェツィが部長、リオが会計、ジゼルが書記ねー。じゃあこれで新聞部創設だ。学園長に提出しとくから、明日以降いつでも正式に活動していいよ」


 ラファエル先生が決定を繰り返し、新聞部の創設を宣言する。

 そして申請用紙をぶかぶかのベレー帽の中にしまうと感慨深げに呟いた。


「ツェツィとパメラとは昔からの付き合いだけど、成長したねえ。なんだか嬉しいな」

「親気取りはやめてよ、先生」

「ハハッ。ごめんごめん」


「パメラさんっていつもラファエル先生に当たり強いッスよね?」

「え? そう?」

「あ、リオ。気づいてくれた? そう、昔からなんだよね、これ」


 ラファエル先生を嫌っているようなパメラの態度をリオが指摘する。


「というかパメラだけじゃなくて魔族全体そうなんだよね、天使に当たりがキツイの。生理的嫌悪感があるんだってさ。まあボクはもう慣れてるからみんな気にしないでよ」


「でもツェツィの先生の扱いも大概ぞんざいじゃない?」

「あ、パメラも気づいてくれた? こっちも昔からそうなんだ」


 逆に今度はパメラがワタクシの素行を指摘する。

 ワタクシは少し思案して返事する。


「そう言われたらそうね。なんというか、そうしてもいいものだって認識があるわね」

「ハハッ。わかってたけど言葉にされるとちょっと傷つくなあ」


 ラファエル先生は全然傷ついて見えない顔で笑っている。


「なんでラファエル先生は新聞部の顧問を引き受けてくれたんスか? 先生だけずっと顧問フリーだったから、特別そういう役職には就かないもんだと思ってたんスけど」

「あー。これちょっと今の話に関係するかもしれないんだけどさ」


 リオの質問にラファエル先生がチラっとワタクシの方を見てから答えた。


「ツェツィに頼まれたからなんだよね」

「え? ワタクシに頼まれたから?」

「親バカ天使だ―」


 予想外の答えにワタクシが首を傾げ、パメラが茶化す。


「ハハッ。うん、そう、親バカなんだ」


 ラファエル先生は笑ってそう返した。


 多分、何かもっと他に理由がある、そうワタクシの勘は告げていた。

 だがワタクシもこの天使のことは両親とジゼルの次に信頼している。

 言葉を切ったということは、話すべきではないと思っているということだろう。


「それじゃあみんな、結成を記念して祝杯といきましょう、ジゼル!」


 ワタクシは話題を切り上げてジゼルに呼びかけた。


 ジゼルは箱とシャンパンを取り出しテーブルに置き、グラスと皿を並べていく。

 ワタクシは箱から中身を取り出した。


「あ、ケーキだ!」


 出てきたのは生クリームと苺のショートケーキだ。

 中央のチョコには『祝! 新聞部結成!』の文字がデコレーションしてある。


「ワタクシとジゼルで作りましたの。みんなで食べましょう」


 オッサンの記憶を得て良かったことの一つは料理ができるようになったことだ。

 ワタクシと初めて一緒に台所に立った瞬間、嬉しさでボロ泣きするジゼルの顔。

 あれはこの先一生見られないかもしれない。


「これを五つに分けるの?」


 パメラが呟く。もちろん分けにくそうという意味だろう。

 だがその反応を見越していたワタクシは別の箱をもう一つ開け、全く同じ大きさのホールケーキを取り出してみせた。


「心配しないで、パメラ。貴女のはこれだから。いっぱい食べなさい」

「えぇッ? いいの? ツェツィ大好き!」


 大食漢の絵師様は本当に嬉しそうに笑った。

 五人全員の顔が自然と笑顔になる。


「このチョコプレートは言い出しっぺが食べなさいな」

「どうも、ありがたく頂くッス」


 チョコをリオの皿に載せ、ジゼルがケーキを四等分にして配る。

 そしてお互いのグラスにシャンパンを注ぎ合う。

 全員の用意がそろったのを見てワタクシは大きな声で宣言した。


「我らがフリーデンハイム学園新聞部の結成を祝い、新聞とエロゲの成功を祈って、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

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