第14話 人魔の人魔による人魔のためのエロゲ計画
「エ、エロゲ……?」
フラウ・エルネストはいい加減見飽きてきた困惑の表情を浮かべている。
一方ラファエル先生は授業参観の親のような慈しみの眼差しでワタクシを見ている。
なんだか屈辱ですわ。
「エロゲとは真実の愛の物語。それを人々に追体験させる究極の芸術作品ですわ」
ワタクシは聴衆の反応に怯むことなくエロゲの説明を続ける。
「エロゲを作ることがワタクシの大いなる目標ですわ。ジゼルとパメラにはもう話したから今は省くけど、エロゲとは結末の選べる音が出る絵本とでも思っていて頂戴」
ワタクシはフラウ・エルネストとラファエル先生に語りながら壁際へ歩きだす。
「エロゲを作るためには、まだ技術の発達と、消費者の啓蒙が必要ですの。まあ技術の方はドワーフの科学に期待しながら、魔術での代替を探しつつ、同志を集めて開発するしかないから今は置いておくわ。だから目下の行動目標は消費者の啓蒙を図ることですわね」
ワタクシはフローチャートの前に立ち、扇子で市場的問題の一番上を指し示す。
「今はこの第一段階『世界の連合統一文字の識字率を向上させる』にあたりますわ。エロゲは文字が読めないと楽しめないからね。そして識字率を上げるには文字を読ませることが一番。だからワタクシは貴女の新聞の成功を心から祈ってるのですわ」
「なるほど。学園で新聞が流行れば識字率が向上する、ウチと同じ考えッスね。そしてその先にエロゲの需要が生まれる。それならウチとの利害は一致しそうッスね」
だいぶ端折って説明したが、大商人の娘はすんなりと意図を理解してくれた。
「でしょう? これで心置きなく手を取り合えますわね」
「でも、一つ気になるのはここッス。──光よ」
エルフが短く呪文を呟くと羽ペンの先から赤い光線が伸び、チャートを指した。
「この『新聞が流行る』から技術的問題の『付録を作る』に伸びてる矢印はなんスか?」
やはり気づかれたか。
ワタクシは唾を飲み込み覚悟を決める。
「それはパメラをお借りしたいという矢印ですわ」
「え? 私?」
突然名前を出されたパメラが驚きの声を上げた。
「貴女の新聞もそうだけれど、ワタクシのエロゲもパメラが必要不可欠なのですわ」
「ああ、絵は大正義ッスからね」
「えへへっ。なんか照れるな」
絵の有用性──もといパメラの尊さで意気投合する二人。
嬉しそうに破顔するパメラ。
「それで? 付録ってどういうことッスか? パメラさんの絵で何を?」
フラウ・エルネストは質問の手を緩めない。
その目は完全に利益を追求する商人の眼だ。
「貴女が心配しているのは、パメラの酷使が新聞の発行に悪影響を与える可能性と、付録にその価値があるのかということでしょう?」
「話が早くて助かるッス」
「え? 私酷使されるの?」
新聞もエロゲも絵師であるパメラが肝心要だ。
万が一にも過労で倒れられることがあってはならない。
ここを指摘されてはパメラに求める作業を話さないわけにはいかない。
「先程述べたようにエロゲとは結末の選べる音が出る絵本。だけどその音の出る部分の実現にはまだ技術が足りない。とはいえ識字率が向上するまで何もしないのも時間の浪費ですわよね? だから新聞作りと並行してエロゲの前駆段階となる商品開発を進めようと思ってますの」
ワタクシは技術的問題のフローチャートを扇子で指し示しながら続ける。
「高度な商品の需要を開拓するには、まずその商品の前駆段階にある商品を消費者に慣れさせることが重要になるわ。例えば──」
前世で例えれば、ボケベル、PHS、ガラケー、スマホに至る携帯電話の進化や、キーボード配置はそのままに多機能化していったタイプライターからパソコンまでの歴史が良い例だろう。ガラケーを使っていればスマホはすぐ慣れるし、逆にワープロなどでキーボードに触れていなかったらパソコンはとっつきにくい。
だがこの世界の住人でもわかる例えをするならば──。
「例えば――料理。肉の味付けと保存は塩だけで事足りるけれど、一度スパイスを加えた後の美味しさを知ったらスパイスが欠かせなくなりますわね。でも元の塩だけで味付けされた肉の味も知らなければ、スパイスが欲しいとは思わない」
「確かに。おばちゃんのスパイスがないフライドオンモラキはフライドオンモラキじゃないね」
食い意地の張ったパメラが妙に納得しながら感想を述べた。
「同じように、ただ読むだけの文章ではなく選択肢を自分で選ぶ文章に触れさせておくのもエロゲへの動線となるわ。そこで、ワタクシは結末の選べる音が出る絵本から、音が出るという部分を差し引いた、結末の選べる絵本を試作品として作ろうと思っているのですわ」
「つまりウチの新聞作りを間近で支援しながら、パメラさんと一緒にエロゲ作りを進めようってのが、もう一つの協力の理由ってことッスね」
エルフの商人はワタクシの狙いを的確に穿ってくる。
パメラを労働力として借りる形になるのだからここは新聞作りへのリターンを提示しなければならないところだ。
「その通りですわ。ただそれが完成したら校内新聞の付録として流通させたらどうかと思うの。目新しい付録が付けば新聞の販促にもなると思うのだけれど……」
「付録ッスか……。ただ結末を選べる絵本ってのがどうにも想像ができないッスね」
「具体的な商品を提示できずごめんなさい、ただ娯楽としての品質は保証しますわ」
「うーん……」
またしてもフラウ・エルネストが唸って考え込む。
制作物が全く未知のものであるため、それがパメラの労力に見合うだけの効果があると示せないのがどうにももどかしい。
あと一押し何かあればいいのだが……。
ワタクシはいよいよ困ってパメラに視線を送る。
パメラは目が合うとワタクシの思いを察してニパッと子供の頃のように笑った。
「悩まないでいいよリオ、ツェツィ。私、新聞の絵も描くし、エロゲの絵も描くよ」
「パメラさん……それ無理してないッスか?」
「してないよ。だって私、絵を描くことが好きだから! それに最初は恥ずかしかったけど、今は描きたいって気持ちの方が強いんだ。みんながこんなに私を求めてくれてるから!」
パメラは満面の笑顔で言う。
「嬉しいんだ。“裏切りの”ペトルスクロイツの娘で、ずっと仲間も友達もいなかった私が、こうやって学園に通って、みんなと一緒に何かできるっていうのが。だから、誘ってくれてありがとう、リオ、ツェツィ! 最高の新聞を作ろう! 最高のエロゲを作ろう! このフリーデンハイム学園新聞部のみんなで!」
パメラの宣言を聞いて、言葉を失うワタクシとフラウ・エルネスト。
「……フフッ。ウフフフフフフッ」
「……ヒヒッ。イヒヒヒヒヒヒッ」
そして、一瞬の間を空けてワタクシとフラウ・エルネストは同時に笑いだす。
「えぇッ? 二人ともなんで笑うの?」
「いえ、あまりにパメラが素敵だったもので思わずね」
「ええ、それに対してウチらがあまりに滑稽だったもんでつい」
パメラが困惑し、ワタクシたちは笑いを収めながら続ける。
「やっぱり大事なのは感情だなと思っただけですわ。腹の探り合いなんてする前に最初からパメラに聞いておけば良かったってね」
「ええ、ウチらも戦略策略企てますが、結局はやりたいかやりたくないかが全てッスよね」
「なんだかわからないけど褒められてるってことでいいのかな?」
「「もちろん!」」
「むふー」
ワタクシとフラウ・エルネストが声を揃え、パメラが満足げな顔をする。
「さて、フラウ・エルネスト、ワタクシたち良いパートナーになれるかしら」
ワタクシはエルフの商人に右手を差し出した。
「ええ、ノイエンドルフ様。出資及び部の創設、誠に感謝します。エロゲ作りにも微力ながら協力させて頂けたら幸いです。完成の暁には是非我がエルネスト商会での取り扱いを」
「ウフフッ、気が早いわね」
フラウ・エルネストがそっとワタクシの手を取る。
「それと、ノイエンドルフ様はやめて頂戴、ツェツィでいいわ」
「ではツェツィさん、ウチのこともリオと呼んでもらえると嬉しいッス」
「今後ともよろしくね、リオ」
「こちらこそ、良いサークルにしましょう、ツェツィさん」
ワタクシとリオはもう腹を探り合うこともなく、お互いの目を見つめて固い握手を交わした。
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