第12話 絵は文字ほどにモノを言う
「パメラ、ワタクシと一緒にエロゲを作りなさい!」
ワタクシは学園聖堂の祭壇の前でそう勧誘する。
「エ、エロゲ……?」
目の前のパメラは昨夜のジゼルと全く同じ顔をしている。
そう、技術的問題も市場的問題も、解決するためにはパメラが必要不可欠なのだ。
すなわち優秀な絵師の存在が!
エロゲを作るためにキャラデザと立ち絵とイベント絵が必須なのは言うに及ばず、文字が読めない消費者たちを啓蒙するためにも絵が必要なのだ。
ワタクシの野望のために、パメラを何としてでも仲間にしなければならない!
「エロゲとは真実の愛の物語。それを人々に追体験させる究極の芸術作品ですわ」
ワタクシはジゼルの時と全く同じようにエロゲの素晴らしさを説こうとした。
「う、うん。エロゲが何かってのも気にはなるけどさ……」
だがそれに対するパメラの反応はジゼルとは異なるものだった。
「ツェツィが私と? ……ホントにいいの?」
それはエロゲではなくワタクシ自身に対する戸惑いだった。
「私を許してくれるの……?」
その一言でワタクシはやっとパメラの懊悩に気が付いた。
パメラは、ワタクシがずっと五年前のあの日のことを、大怪我させられたことを怒っていると思っているのだ、と。
「まったく、おバカさんね」
ワタクシは紅玉の制服のジャケットのボタンを外す。
そしてその下のブラウスを掴み、思い切りグッとたくし上げた。
「えっ、ツェツィ?」
ワタクシのおへそが露になり、パメラが思わず目を覆う。
「よく見てご覧なさい! 貴女、こんなちっちゃな傷のことを未だに引きずってますの?」
ワタクシは左脇腹の傷をパメラに見せつける。
「あの日のことなんてとっくに許してますわ! ワタクシが怒ってるのは、貴女がワタクシに遠慮することよ! ワタクシのことを思うのなら、ワタクシには素直になりなさい!」
長年の誤解を晴らすべく、頭を打って気づいた本心を素直に打ち明けた。
パメラが構ってくれなくなって拗ねていたなどとは聞こえぬように。
精一杯の意地を張りながら。
「ツェツィ! 嬉しい! これで仲直りだね!」
パメラは子供の頃の様な無邪気な笑顔を見せると、再び思い切り抱き着いてくる。
パメラから得も言われぬいい匂いが漂い、柔らかな胸の感触を肌に感じる。
「だ、だから、大袈裟! 大袈裟ですわ!」
ワタクシの中のオッサンがみっともなく騒ぎ出してまた顔が熱くなる。
ワタクシが必死にもがくとパメラは名残惜しそうに離れていった。
「ふ、ふぅ~~~~。ふぅ~~~~~~~~~!」
パメラに解放されて、まずは冷静になるために大きく深呼吸をする。
こ、これはマズいですわ。
昨日も自分の裸体を拝んで感じたことだが、オッサンが混ざったせいでとんでもなく女体耐性が低下している。
なんだかよくわからないが、とにかく女としての危機を感じる。
しかしそんなワタクシの悩みを知らず、パメラは嬉しそうに問いかけてくる。
「それで何して欲しいの? お詫びと思って何でも言うこと聞いちゃう!」
「なんとも軽い何でもですこと。まあワタクシとしては好都合だけど」
よし、釣れた! ここで一気に畳みかける!
「貴女、あの日から引きこもりになって、素敵な絵を描くようになりましたわね?」
「あっ」
「あっ、って。そのあっはどんな感情ですの?」
「い、いや、ごめん、とりあえず続けてみて……」
「なんですの? まあいいわ。エロゲは真実の愛の物語。でも物語だけでは足りないモノがありますの。彩りが、迫力が、登場人物のリアリティが。わかって?」
「う、うん」
「だからパメラ、エロゲの専属イラストレーターになってくれませんこと?」
「ごめんツェツィ! それは無理!」
「え? ちょ、ちょっと! さっき何でも言うこと聞くって言ったじゃない?」
「あっ、言った。言ったけどそれはまた今度でお願い! 一回パス!」
「貴女、食堂でのやり取りと全く同じことをしてますわよ! 学習しませんの!?」
「あっ、ツェツィ! 知ってるってことはやっぱり聞いてたんじゃないか!」
「それはもういいわ! 納得させる理由をおっしゃい! 素人の言い訳は結構だからね!」
ワタクシが捲し立てると、パメラは少し俯いて申し訳なさそうに答えた。
「もう先約がいるんだよ。リオの新聞の絵を描く約束をしたんだ」
「…………あの後、ワタクシが去った後にそう約束したのね」
「うん。ツェツィにリオの夢を認めてもらいたくてさ」
「………………そう」
身から出た錆とはこのことだ。
頭を打つ前のワタクシが、フラウ・エルネストの夢を嘲笑ったからだ。
お陰でワタクシの最高の友達は、ワタクシの下から離れて行ってしまった。
「だからツェツィ、すまないけどエロゲの絵は描けない。リオの夢を応援したいんだ」
「謝らないで頂戴。ワタクシが悪いのだから、フラウ・エルネストによろしくね」
「ツェツィ……、ホントに頭を打って変わったよね……ごめん」
パメラが謝る。またワタクシが自分のせいで変になったと責任を感じてますのね。
「ええ、今回は諦めるわ────とでもワタクシが言うと思って?」
「え?」
「パメラが新聞の絵を描く気なら、ワタクシはそれでも一向に構いませんわ!」
ワタクシはニヤリと笑って声を上げる。
自分の計画通りに事が運んでいる喜びとともに。
「校内新聞を発行するんでしょう? ならワタクシも一枚噛ませて頂きますわ!」
「えぇッ?」
そう、別にパメラが絵を描く気になってくれさえすればそれでいいのだ。
エロゲ計画の初期段階の要は絵と文字が共存するメディアを学園に流布すること。
それは絵本だろうと新聞だろうと構わない。
文字の読めない者の興味を引けさえすれば。
文字の読めない者を文字が読めるようにする一番の手段は、とにかく文字に触れさせることだからだ。
つまり、絵で釣って文字を読ませる!
子供が漫画で言葉を覚えるのも然り、ラノベがジャケ買いされるのも然り、名著の表紙を漫画絵にすると売上が再上昇するのも然り。
どんな知的レベルの者にも絵は絶対的な力を誇り文字を読む切っ掛けを生み出す。
このフリーデンハイム学園で絵付きの文字媒体が流行れば、卒業生はその文化を自種族に持ち帰る。それはあらゆる種族の飛躍的な識字率の向上をもたらすに違いない。そして、それこそこの世界でエロゲが受け入れられる土壌を生む第一歩なのだ。
「魔導輪転機なるものが来ることは知ってるわ。でも新聞には紙もインクも必要でしょう? つまりお金が。フラウ・エルネストもパトロンは大歓迎ではなくて?」
「つい昨日は世界征服が幼稚だなんだって言ってたじゃないか、ツェツィ?」
当然、ワタクシの心変わりにパメラは驚いている。
「言ったでしょう? ぶっ飛ばされて目が覚めたと。それともお詫びだなんだと言っておきながら、ワタクシを目覚めさせた責任は取ってくれないのかしら?」
「うぅ……、いや、ツェツィとまた一緒に何かできるのはすごく嬉しいけどさ……」
貸しをチラつかせるとクソ真面目なパメラは弱ったところを見せてくれる。
なんてカワイイ。やっぱりいじめ甲斐がある──おっといけない、これは淑女のやり口ではない。
優雅に風雅に粛々と成すべきことを為してまいりましょう。
「それじゃあ早速、創部申請の準備をするわよ。フリーデンハイム学園新聞部のね」
「えぇ! 部活にするの!?」
「権威の後ろ盾の無い新聞なんて紙屑、怪文書、風説の流布以外の何物でもありませんわ」
「で、でも部活には四人以上要るんじゃ? ツェツィと私とリオじゃ三人──」
「安心なさい、ジゼルとはもうとっくに話が付いているわ」
「でも顧問の先生が……」
「それなら顧問が無くかつ怪我人がいなくて暇してる穀潰しを一人知ってますわ」
「あっ、ソイツは私も知ってるかも……」
「部室はソイツの根城の納屋を使えばいいわね。すぐそこだし下見に行くわよ」
「ツェ、ツェツィ、今仮にも授業中だよ?」
「貴女、ワタクシの紙飛行機を見てフケて来たくせに今更日和りますの?」
「だって、学園公認で絵を見せるなんて恥ずかしいし、アイツが顧問ってのもさあ」
「フラウ・エルネストの為でしょ、覚悟を決めなさい。ほら、行くわよ」
「えぇー、やだー」
駄々をこねるパメラの手を引き、学園聖堂横の納屋を見ようと出口を目指す。
普段の冷静な蒼玉の才媛の姿はどこへやら、ワタクシの前でパメラは素の甘えん坊に戻っていた。
「素が出てるわよ。引きこもりからクール系に学園デビューしたんでしょ?」
「別にしてないって。普段は気を張ってるだけ。今はツェツィしかいないんだしいいじゃん」
パメラがそう言うと丁度ワタクシたちの目の前で大扉が開き、聖堂の主が現れた。
「おや? キミたちがそんなに仲良さそうにしているのを見るのは何年ぶりかな?」
空飛ぶ幼女が手を繋ぐワタクシたちの様子を見て嬉しそうに微笑む。
ワタクシもお目当てのソイツを見つけて嬉しそうに微笑む。
パメラはソイツの顔を見て嫌そうに微笑む。
「え、何その顔? ボク何か変なこと言った?」
「いえいえ、先生に出会えた喜びの笑顔ですわ。ね、パメラ?」
「……はい、喜びの笑顔です……」
どこか投げやりな口調でパメラがワタクシに合わせる。
「ワタクシたち先生にお願いがありますの」
「うん、何かすごく嫌な予感がするんだけど」
「それは杞憂ですわ、なにせワタクシたちには生産的な未来が待っているのだから」
ワタクシは宙に浮く子供の姿のエンジェルに向かって命令する。
「ラファエル先生、ワタクシたちと一緒に新聞を作りなさい!」
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