異世界エロゲお嬢様部 ~元エロゲ作家の悪役令嬢、クソ真面目にエロゲを作って世界を救う~

黒瓜ぺそ

第1章 蒼玉の魔王と紅玉の勇者

第1話 蒼玉の才媛

「──こうして勇者一行により大魔王は倒された。盟主を失った魔族同盟は瓦解し、戦況は一気に人類連合に傾いた。そして遂に十五年前のフリーデンハイム講和条約をもって人魔大戦は終結し、創世から七千年続く人類と魔族の争いに終止符が打たれたのだ──」


「パメラさん、パメラさん、ちょっちお話良いッスか?」


 半円形の講堂の大黒板の前で、年老いたリザードマンが教鞭を振るう中、隣の席の 女生徒が私にそっと耳打ちをして来る。

 丸眼鏡と大きな三つ編みが特徴のエルフの少女だ。


「リオ、今授業中だよ」


 私は小声でエルフの親友、リオをたしなめる。


「そういうパメラさんも全然授業聞いてないでしょ」

「フフッ、バレた?」


 私は歴史学の教科書の下に隠したノートをそっと引っ張り出して見せた。

 ノートにはもちろん今日の歴史学の講義範囲の内容がびっしりと描かれている。


「相変わらず絵上手すぎッスね」


 ただし、文字でじゃなくて絵でだけど。


 ぶつかり合うオークと人間の歩兵団。

 手を繋ぎ大魔法を詠唱するエルフやハーフリングの魔法使い。

 そこに空から火焔を浴びせるドラゴン。

 その火焔を相殺するイフリート。

 トロルの背負う玉座の上から指揮を執るゴブリン。

 それを弩砲バリスタで狙い撃つドワーフの技術者。

 貴族然としたデーモンと空中で打ち合う甲冑をまとったエンジェル。


 人魔大戦最大の決戦を、一夜と午前中一杯かけて描いた大作だ。


「なんで落書き帳でやっちゃうんスか? 金取れるって言ってるじゃないッスか」

「むふー、それは純粋な褒め言葉と受け取っておきましょう」


 リオの本気の落胆を私は茶化して見せた。


「では、フラウ・ペトルスクロイツ」

「はいッ!」


 不意に先生に名前を呼ばれた私は、咄嗟に威勢だけは良い返事をして起立する。


「君はいつも寮で夜遅くまで予習をしているらしいね」

「はい、ご存じ頂けているとは光栄です、アルハンブラ先生」


 私は平静を装い息を吐くように虚勢を張った。

 実態は夜通し趣味の絵を描いてるだけだ。


 そっか、寮生の間ではそういう話になってるんだ……。


「ではわかる限り述べて貰っていいかね?」


 年老いたリザードマン、アルハンブラ先生が白い顎鬚を擦りながら私に質問する。

 片眼鏡モノクルの奥からリザードマン特有の爬虫類の鋭い眼光が光り、私は蛙のように萎縮する。


 もちろん私は質問なんて少しも聞いていなかった。


「リ、リオ……」


 机の下で親友の蒼い制服の裾を摘まんで助けを求める。

 無情にも答えは返って来ない。


 だが声を出す代わりにリオはトントンッと私のノートを叩いた。

 ノートに目をやると、ドラゴンの火焔を描いたインクが形を変え、文字を成した。


『人魔大戦終結後の人類連合の問題とその解決法ッス』


 私はリオに心の中で最大限の感謝を述べながら先生の質問に答えた。


「講和条約締結後の人類連合の問題は四つでした。第一に戦勝後の処理です。連合の中核を成した人間、エルフ、ドワーフは利益分配で揉めました。交渉の末、人口の多い人間に魔王領の大部分が、魔術に長けるエルフに闇の森と大図書館が、技巧に長けるドワーフに魔石鉱山と魔導工場が与えられました。第二に勇者一行の処遇です。大魔王を倒した彼ら七人は、一人一人が一国の軍隊に匹敵する力を有し、その制御は連合の大きな悩みでした。幸い彼らは立場に理解があり、それぞれの故郷に戻ってくれました。第三に魔族同盟との融和です。憎しみ合ってきた人類と魔族でしたが、流石に疲弊しきって反戦の声が膨れ上がりました。そこで講和条約には侵略戦争の禁止に加え、史上初めて異種族差別と奴隷制の禁止が盛り込まれました。これは恒久平和への第一歩となり、そして平和と融和の象徴として、このフリーデンハイム学園が創設されたのです。そして第四に大魔王の──」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……。

 私の回答を中央時計塔の大鐘楼の音が遮る。


「素晴らしい回答をありがとう、フラウ・ペトルスクロイツ。流石は蒼玉一の才媛だ。四つ目については、君よりワシが慎重に語るべきであろうな。諸君には明日教えるとしよう」


 アルハンブラ先生が私の回答を褒め、講義を締める。


「さて、昼休憩の後は紅玉との合同魔術実習だな。今日のは少々キツイと聞いておる。昼食は程々にしておきたまえよ。当番は黒板をよろしく。それでは失礼」


 アルハンブラ先生はそう言い、いつものように真っ黒の液体になって消え去った。


「た、助かったー」


 私は先生の退場を見届けると安堵して机に突っ伏した。


「貸し一つッス。蒼玉一の才媛の陰には常にウチがいるってコト忘れちゃ困りますねぇ」


 エルフにしては珍しい立派な犬歯をキラリと覗かせ、すかさずリオがそう言った。


「ありがと、リオ。何でも言うこと聞いちゃう」

「いつも通りのとんでもなく軽い何でもッスね。まあウチとしちゃ好都合ッスけど」


「それでさっきの話って何?」

「ああ、お昼は時間あります? 食堂で話しましょう」


 顔を上げると蒼玉のクラスメイトが次々と席を立ち、講堂を出ていくのが見えた。


 人間とエルフのカップルが手を繋ぎ、その足元をハーフリングが駆け抜け、頭上をフェアリーが飛ぶ。ナーガの日直が欠伸して黒板消しを放り、受け取ったオニが代わりに黒板を消す。ハーピーが窓から飛び出し、ウンディーネが手洗い場の水道の中へと消えていく。


 世界の如何なる場所でもあり得るハズのない人魔混合の有様。


 これが各種族の有力者の子息が一同に集まるフリーデンハイム学園の日常風景だ。


「あちゃー、ちょっち出遅れたか。こりゃ螺旋階段で渋滞して食堂混み混みッスよ」

「じゃあ久しぶりに飛んでく?」

「合点承知ッス!」


 私とリオは勉強道具を鞄に詰め込むと、すぐ傍の窓から飛び降りた。


 初夏の温かい日差しを全身で感じる。

 目の前に時計塔、遠くに湖と学校林。


 その景色を認識した直後、私たちは第二講義塔の七階から自由落下を始める。

 眼下の大庭園が凄い勢いで迫って来る。


「「風よ、我らにささやかなる翼を授けよ! 風に遊ばれてイノセントゼファー!」」


 二人で同時に誓願呪文を唱えると風が私たちを優しく包み込む。


 そよ風に舞う羽のように滑空して、大庭園中央の時計塔を回り込んで私たちは食堂へと降り立った。

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