第2話 ますますわけが分かりません
「つ、つまり……お嬢様は、記憶ソウシツ……というのになっていらっしゃると?」
エマちゃんが愕然とした真っ青な顔のまま、ガタガタ震えながら俺の話を聞いている。
「そうそう。そーなの!」
俺は寝間着すがたのまま、寝室の中にあるおしゃれなカフェみたいなテーブルのところで朝食をいただいている。持ってきてくれたのはエマちゃんだ。
本当はちゃんと着替えて家族も一緒の朝食の席へ出て行かないといけないらしいんだけど、今朝は俺の体調が悪いってことにして、ここで食べられるようにしてくれた。エマちゃんさすが、気がきくう。
朝食は紅茶とスコーン、パンケーキなどなどに、たっぷりの色んなジャムやアイスクリームやらが添えられている。あとは色とりどりのサラダとか。
うーん。朝からこんなに食うのかこの女? いや俺は食うけど。
なぜかものすごく腹も減っていたので、俺はそれらを遠慮なくばくばく食べながらエマちゃんにざっと事情を説明した。
その間、エマちゃんの目は基本的に「点」だった。
「だから記憶喪失っていうとちょっと違うけどさ。別人がこの子の体に入っちゃった感じ? 俺、もともと男だし。そっちの記憶はばっちりあるしなー」
「…………」
エマちゃん、しばし空白の時間。
そしていきなり、ずざーっと三メートルばかり飛びすさった。
「おっ……おおお、男っ!?」
……なんかちょっと傷つくリアクションだなあ。
「そうよ?」
おっと、一応言っとくが、この「そうよ」は女言葉の「そうよ」じゃねえからな。
「んで、エマちゃん。ここはどこなの」
「ど、どことおっしゃられましても──」
エマちゃんはもはやしどろもどろだ。
「まあ、日本じゃなさそーってことだけは分かるけどね。この寝室と俺の格好と、外の景色を見たかぎりじゃ」
「に、ニホン……? とは、なんでしょうか」
「……あ、うん。わかんないのね。そーかー。まいったなー」
しょうがねえなあ。質問を変えよう。
「じゃあ、この体の本当の持ち主はだれなの? なに子ちゃん?」
「あ、その……」
そこでエマちゃん、こほんとひとつ咳ばらいをした。
さっきから立っていたけど、急に威儀を正して一礼する。おお、さすがにサマになってるなあ。
「あなた様は、このエノマニフィク帝国の皇族に連なる一族、マグニフィーク公爵家のご令嬢にあらせられます」
「エノマニ……なに? で、こ……こうしゃく、け……?」
「左様にございます」
「えっと……名前は? 俺の」
「シルヴェーヌ様とおっしゃいます」
「し……シルヴェーヌ?」
「はい」
なんか、あっちの世界にそんな名前のお菓子があったような。チョコレートのかかった三角形のやつでさ。
うん、俺、あれけっこう好きなんだよなー。
「ちゃんと二人で分けなさいよ」っておふくろが言ってんのに、よく姉貴にぶんどられて泣いてたもんだ……あ、小さいころの話な! 今じゃぜってえ負けねえし。
じゃなくって!
「あなた様は、公爵家の二番目のご令嬢です。ほかにお姉さまと妹さまがいらっしゃいます。お兄様もおふたりおられます」
「じゃあ俺、マジでその公爵令嬢なわけ? そんでここはエノなんとかいう帝国で……」
「エノマニフィク帝国、でございます」
「わ、わかったわかった。もう、舌かみそうだなー」
ばりばり頭を掻いた俺を見て、エマちゃんがちょっと悲しそうな顔になった。だからすぐやめたけど。
でも、実は話を聞いているうちに、だんだんと俺の頭の中にしまいこまれていたらしいこの女の記憶がよみがえってきた。
エマちゃんの話は正しい。エノマニフィク帝国はこの大陸でもっとも勢力を誇っている国で、周辺にいくつもある小さな王国を従えている。局地的な
人間界、って言ったのには理由がある。
この世界には魔族がいるからだ。人間が住む地域と魔族が住む地域はさっき窓の外に見えたでかい山脈で遮られている。
魔族がいるってことは、この世界には魔力が存在するということだ。
人間にも魔力をあやつる術を持ったやつがいて、彼らは魔導士とか魔術師などと呼ばれている。
数としてはそんなに多くないし、基本的には魔塔とかよばれる施設に集められていて、王侯貴族の求めに応じてその力を発揮することになっているらしい。
(うーん。でも、これって……)
朝食を
これ、どう考えてもアレだろ。
異世界ファンタジーとかでよく見るやつじゃね?
姉ちゃんの部屋にこっそり入って盗み読んだ恋愛ラノベとか、大体こういう世界観だったよな? 「なんちゃって中世ヨーロッパ」的な。
つまりこれって、そういうラノベの世界ってことなんだろうか。
あーもー、よくわかんねえ。
「っていうかさー。これって俺、もとの世界に帰れるんだろか……」
「え? お帰りになるんですか」
「そりゃそうっしょ!」
なんたって、俺には甲子園を目指すという夢が──って、まあそこまで期待してたわけじゃないけど。いくらなんでも、いいピッチャーがひとり入ってきただけで強豪校をゴボウ抜きできるなんて甘いことは考えちゃいねえし。
でも、あの野球部でプレーできる最後の夏なんだぜ?
しかも俺、キャプテンなんだぜ?
まだまだ不安定なあのルーキーをほったらかして、俺だけこんな世界であーだこーだやってる場合じゃねえっての。
「なんか、方法を探さねーと」
「そ、そうですか……。あの、でも」
「ん? なんだいエマちゃん」
「その……ご婚約の件はいかがなさるのかと思って」
「…………」
俺、たっぷり五秒ぐらい沈黙した。
「こん、やく……?」
「はい」
「誰と?」
「ヴァラン男爵家のご令息の、バジル様です。確か本日、ご婚約の儀についてのご相談で、こちらへご訪問のお約束があったと思うのですが」
「はああああ!?」
いやちょっと待って。
ジャスタモーメント、プリーズ。
なんじゃそりゃ。
聞いてねえー!
ってか俺、男と結婚させられんのかーい!
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