プロローグ

「なんっじゃこりゃああああ!」


 目を覚ました俺の第一声はそれだった。

 いや、なんか変だとは思ったんだよ。

 妙にかぐわしいフローラル(?)な香り。

 ユニフォームや制服や制カバンやスウェットや野球雑誌なんかが混然一体となって散乱した、基本的に男くせえだけの俺の部屋とは似ても似つかない匂い。

 ふかふかのシルクの布団に枕。ひらひらした少女趣味なカーテンがさがった天蓋つきの大きなベッド。


「なんじゃこりゃ……???」


 語尾にはもっともっとたくさんの「?」を奮発ふんぱつしたいところだったが、まあそれはいい。今は状況を把握するのが先だ。

 顔のまわりにさらりと落ちかかる豊かな髪。なんか胸元についているらしいふたつのでかいもの。

 顔にかかる髪をはらったのは、ふくふくしたクリームパンみたいな、だけど奇妙なほど肌のきれいな手。とてもじゃないが、毎日野球のボールを握って投げていた俺の手ではない。


「な、ななな……なんじゃこりゃ」


 これで三回目だ。

 俺はもそもそと起き上がった。

 なんか妙に体が重い。なんだこの体。腹やら尻のあたりに、ぶよんぶよんとした違和感のもとがあるなあと思ったら、どうやらそれは肉らしかった。

 ……そう。自分の肉。しかも脂肪。

 思わずぎゅっと握ってみて、血の気がひく。


「ひええええええっ!?」


 なんじゃこりゃ。なんだこの体!

 俺のシックスパックはどこ行った!

 俺はベッドからとび起きて鏡をさがした。

 思ったとおり、知らない部屋だ。そして俺の部屋だった四畳半とは比べものにならないほどの広さ。さらに豪華さ。

 ベッドだけでもふつうにキングサイズだったが、その周りの家具やなんかも妙に派手で、全体的にきらきらしている。でかい窓に、重厚な織り地のカーテン。どれもこれも、いかにも金がかかっていそうだ。


 ……いや、いいんだ。それはいい。

 今はとにかく鏡を探す。

 この体の違和感の正体を見きわめる。

 と、壁にでかでかと造りつけられている超でかい鏡を見つけた。いや、最初はただの壁かと思って素通りしたわ。だって俺が想定してたのは、ふつうの手鏡ぐらいの大きさのやつだもんよ。つい見落としたわ!


 そこに映る自分の姿をじっと見つめて──


「なんっっじゃ、こりゃああああ───!!」


 俺は、本日五回目の雄叫おたけびをあげた。


 腰ぐらいまである見事な赤い巻き毛。エメラルド色の澄んだ瞳。

 いや、驚いたのはそこじゃねえわ。

 

「なんっ……つー……体形を、してんだよ?」


 絶句したのは、そこだった。

 ぞろぞろと長いネグリジェに包まれた体は、ゆったりした寝間着にも関わらずはっきりと巨大だった。つまり、デブだった。

 どこにウエストがあるのかもわかんねえ、っていうかウエストのところがあきらかに一番太い。

 当然、顔もぱんぱんで、目や鼻や口が顔の真ん中にキュッと寄って見える。

 そりゃあ、某タレントの人みたいに「太っててもキュート」ってのはアリだと思う。俺、あの人けっこう好きだし。だけどこの女はそうじゃねえ。


「なんか……アンパンみてえな顔。しかも、女ってなに?」


 そうだった。

 俺はその日、突然なんの予告もなく、めちゃめちゃ太ったどこかの貴族の令嬢らしい女になっていたのだ。

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