婚約破棄された私は現世に転生してトラック運転手に……

ニート

第1話

 王太子に婚約破棄を宣言されてから早1年が過ぎた……と言ってもそれは正確な期間ではなく自分の感覚で数えたものだ。前世の記憶から数えたものと現世での

経過時間を足し合わせただけである。結局のところこの世界には王室もないわけではないが当時の物とはほぼほぼ別物と言えるものであり、そしてそれがどう

だろうと平民に転生した私には関係ない話である。今の私に必要なのは生活していくお金でありそのための仕事だけなのだから。

 転生して早速自動車の免許が生活していくには不可欠と言われてすぐ取得した私は近所の職場に応募し続けている。つまりもうすでに2回墜とされており三度目の正直でようやく最終面接の案内が来たのである。書類選考や適性試験と言われる知能検査と心理テストは何とか切り抜けられた。あとは実際に職場になるかも

しれないところへ赴き物流ドライバーとなるための実車試験を残すのみだ、ここまできたのだからどうしても受かりたい……色々調べてみたがこういうテストの

詳細はイマイチわからない、実施している会社がそもそも少ないからだろうか?

とりあえず動画サイトなどを見て中型トラック運転の視界をじっくり観察しながら本番に備えた。そして当日、無事時間の10分以上前に到着し、面接の前に免許を

提出していきなり実施試験を行うことになった。

 まず最初に実際のコース(所内だけれど)を社員の方が見本として回って見せてその通りにやるというものだった。参加者は自分を含め二人、この人数なら

100パーセント、つまり両方合格にしても良い、そもそも最終面接の合格率は五割以上とか七割以上と言われているのだからおかしくない。普通にやれば受かる

はずである……そう思っていると私の番が回ってきた。まず輪止めを外して軽く車を点検した素振りをしてから運転席に乗り込む。見るとこれはトラックにしては

まだ珍しいはずのオートマであった。クラッチがないだけのセミオートマではなくシフトにパーキングがある完全なAT……マニュアル車を運転すると考えていた

私はちょっと興ざめしたがあまり気にしないようにドアを閉めてエンジンをかけた。発進してすぐウインカーを出し幅の狭い所内を直角に曲がっていく、うん、

問題ない! そしてコースを一周すると今度は発車した位置に左バックで入れる。これもちゃんとサイドミラーを意識して見るとそこそこ長さのあるトラックだ

ったが案外簡単に入れることができた。一度パーキングに入れるが間髪入れずまた出発! 今度はちょっと違うコースなのだが

「ぁあっ!!」

なんと左折する道を一つ間違ってしまったのである……

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!

思わず頭を抱えたくなる…… これで落ちたらかなり恥ずかしいぞこれ……しかしそこはベテラン社員の方だったのですぐに修正してくれた。

その後は何事もなくゴールイン、もちろん結果は文句なしの合格だった。

こうして私は晴れて物流会社の社員となったわけだが、配属先は希望通りではなかった。というか希望なんて通るはずもなかったのだ。

私が配属されたのは『配送センター』と呼ばれる部署だった。要するに倉庫内の荷物の仕分けや発送作業を行う場所なのであるが、ここではトラック運転手は単なる運搬係であって、荷下ろしも何もしない。ではここで何をするかと言うと、主には梱包された商品を台車に乗せて所定の場所に運ぶことらしい。ただそれだけなら別に大したことは無いのだが、ここの仕事はもう一つある。それは、注文が入った 荷物を指定された時間までに配達することである。つまり、宅配便みたいなことをやれということだ。これが一番キツかった。というのも、この仕事、トラックの運転技術は関係ないからだ。

必要なのはこの『ハンドキャリー』という特殊な技能である。台車に乗せられた段ボール箱などの重量物を両手で抱えて決められたルートを走り、決まった場所に持っていくというもの。

最初は戸惑ったし、何より体力的にキツかった。でもまあ、慣れてくると結構楽しいものである。毎日やっていたせいか1年経った今では

「お疲れ様です」

「はい、おつかれさまー」などと挨拶を交わしながら一緒に働く人たちとも仲良くなってきた気がする。ちなみに今話しかけてきた人はパートさん、50歳くらいの女性でいつもニコニコしていて優しい人だ。彼女も私と同じで運送業から転職してきた人である。

「ねえ、今日って帰りは早い?」

「はい、多分……」

「じゃあさ、飲みに行こうよ、歓迎会やってなかったしさ!」

「えっ、いいんですか!?」

実はずっと誘われていたんだけど、私なんかが参加しても大丈夫なのかな? と思っていた。

「そんなの気にすること無いって、みんな歓迎してるんだからさ!」

そう言って彼女は私の腕を掴んで引っ張っていった。

「それじゃあ、かんぱ~いっ!」

「乾杯!」

私たちは近くの居酒屋に来ていた。店内は賑わっていて席はほとんど埋まっている。「それにしてもあんたが来てくれて助かったよ、本当にありがとうね!」

「いえ、こちらこそ誘ってくれて嬉しいです。それにしても皆さん仲良いですね」

「そりゃそうだよ! だってこの仕事、人間関係が上手くいかなくて辞めていく人多いもん! 確かに……言われてみると男性陣はあまりそういう話聞かないなぁ。

「それで、佐藤さんの彼氏はどんな感じの人なの?」

「へっ?! か、かかか彼氏ですか……!? いないですよぉ!!」

「あらそうなの、なんだ残念。もしいたら紹介してもらおうと思ってたのにぃ〜」

「そ、それより奥沢さんはどうなんですか!?」

「あたし? あたしはまだ独り身だよ、こんなおばさんに言い寄ってくる男なんていないってぇ〜 あっ、ビールもう一本追加でお願いしまぁす!!」

「(もう酔っぱらってきている……)」

その後も他愛のない話をしていたのだが、気がつくと時間は21時を回っていた。「うわ、もうこんな時間か……ごめんなさい奥沢さん、私帰らないといけません」

「ん、わかった。また明日ね」

「はい、またよろしくお願いします」

私は代金を支払って店を後にした。店を出た後、私は少し遠回りをして帰ることにした。理由は一つ、家に帰る前にコンビニによってお酒を買うためだ。私はお酒をあまり飲まない方なので普段は買わないのだが、今日は特別である。

なぜなら、今日の私はちょっとだけ浮かれているからだ。その理由は言わなくてもわかるだろう。

そう、今日は先輩との初めてのデートなのだ。


***

私はその日、初めて彼と会った時のことを思い出しながら歩いていた。

あの時は確か、バイト先の先輩に連れられて入った喫茶店だったと思う。そこで私は偶然にも運命の出会いを果たしたのだ。

彼はその時、ちょうど同じ席に座ってコーヒーを飲んでいた。

そして、たまたま目が合った。

まるで雷に打たれたような衝撃だった。

彼の顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなったのだ。それからどうやって別れたのかは覚えていないけど、家に帰ってからもしばらくボーッとしていたのを覚えている。

一目惚れというやつかもしれない。でもまさか、自分がそんな経験をするなんて思わなかった。

でも実際問題、いきなり告白するのはハードルが高いし勇気がいる。だからまずは、一緒にご飯を食べに行くところまで持っていこう。そこから少しずつ距離を縮めていけばいい。

「よし、頑張ろう!」

私はそう決意を固めると、目的地であるお洒落なカフェを目指して再び歩き始めた。

今、駅前にあるお洒落なカフェに来ていた。店内にはゆったりとした音楽が流れていてとても落ち着く雰囲気だ。

店内にいる客はまばらで、皆ゆっくりとした時間を楽しんでいるようだ。僕もその一人になりたくて、いつもは行かないこういう場所にわざわざ来たわけだが……

「なあ、まだ決まらないのか?」

「うん、どれにしようか迷っちゃって……」

「早くしてくれよ……」

なぜか隣では美鈴ちゃんがメニューを見ながら悩んでいる。

「うーん、どうしようかなぁ……あっ! これにする!」

そう言って彼女が選んだのは、『期間限定フルーツタルト』というものだった。

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