今夜はから騒ぎ
陸一 じゅん
前口上
『狐七化け 狸八化け』と申します。
日本古来より、『化かし』の二大巨頭といえばという
大陸のほうまで手を広げますと、熊も、鹿も、虎も、獅子も、のみならず
さて。
九つの命を持つとも、年を経て知恵を得ると、尻尾が二又に裂けるとも。
犬と比べますと、猫という生き物は、
気まぐれな
比較される犬が、主への忠誠心を主だった魅力として上げられることを考えますと、あえて猫を選ぶ人間は、気位が高いその様子を愛しているわけであります。
しかし彼らは、けっして薄情者というわけではございません。
これは一匹の猫が、未来を掴むするまでのお噺でございます。
ここいらを根城といたします
筆頭の弟子は三名おりまして、尻尾も二又に別たれるかという
一番弟子は『月見亭
二番弟子を、『月見亭
三番弟子は、『月見亭
さて、これなる会合はいつもならば、芸者を呼んで師匠を弟子が盛り立て実に楽しげなものなのですが、今日は様子が違っておりました。
弟子たちは座敷の下座にずらりと横並び。一様に髭をぴんと立て、両の目の玉を黒々と丸くして師匠を見つめております。
師匠のほうは、恰幅の良い腹を見せつけるように片足を曲げて、一見くつろいだ座り格好ではありましたが、尻尾は左右にゆらゆら揺れ、前脚がせわしなく髭をしごいて、じつのところ気はそぞろと見えます。
紅一点の
それを見た兄弟子と弟弟子もならい、同じように爪先を畳につけます。違うのは、七星の両眼以外は畳の上に伏せたところでしょう。
「オッ
語尾を上げて七星は
「アタイたちの『合作』。その
「アア、アア、わァっとるサ! 」苦々しげに、鈴生師匠は扇広げて顔を仰ぎました。
「出来が良けりゃア、ナナ、てめぇの結婚話はナシにしてやる! ただし高座で使えなけりゃア、てめぇは嫁入り! そういう約束だ! 」
やけっぱちに叫んだ師匠に、抜け目なく
「……ってえことで、聴きましたね? みなさん――――」
そう言った細波もまた、灰色の瞳をキラリとさせました。
九口、七星、細波の背後のふすま。そこが九口の前足によりスラリと開きます。師匠はギョッとし、はだけた着流しの裾を慌てて直しながら斜めの体をまっすぐに座りなおしました。
「オイオイ、てめえら! なんてってたって、こんなに――――」
襖の向こうには、ザッと見るところ二十人弱はおりましょうか。新旧お馴染みの芸者衆の中に、ほかの一門の噺家もチラリホラリと。師匠ほどの腕があって顔の知れた同業者はいないとはいえ、中には師匠の尾を握ることができるものも混ざっておりました。
「なんだって、こんなことを! 」
「おっ父さんは女から逃げるのがお得意でございますれば! 」
ぴしゃりと七星が言いましたらば、「そうだそうだいつもそうだ」と観客たちからやんやの野次が投げられます。
「エエイ! 面白がりおって! はよう始めろ! 馬鹿弟子ども! 」
「ヘイ。そのとおりに! 」
甲高い声ですかさず返事をしたのは九口でありました。
細波が、バサリと扇を開きました。
九口、七星も続きまして、三人の弟子は扇を畳に掲げ、狭い額を、今度は観客へ下げました。
細波が
九口の甲高い声が、なめらかに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます