第2話挙動不審な彩加と過ちの真実

 私はベルが鳴らないようカフェバー『flosフロース odorオドル』の中を伺いながら、そろりそろ~りドアを開けるが、無駄な抵抗で……カラン……カラ……ンと、控えめな音が正午過ぎの店内に響いた。


「いらっしゃいませぇ」

「……こ、こん……にちは、ますまぁ」

「あら、彩香ちゃん。 どうしたのぅ?」

「えっ、えーと……ますまぁ……弟さんは……居ますかぁー?」

「綾人?あの子はいないわよ」

「そ……ですか」


 私は “過ち相手?” の如月綾人の不在を確認すると、ほっと安堵して、店内におずおずと入り、カウンター席にやって来る。


「あら、今日は髪を下ろしてるのね。 いつも纏めてあるから珍しいわ」

「……そ、そう……ですね……」

「?」


 あまりにも “挙動不審” な私に “如月綾人の兄” おねぇマスターは右頬に右手をあてて、左手を右肘に添えて、頭を傾げている。


「綾人がどうかしたかしら?」

「……」

「まさか、あの子、とうとう、告」


 顔を真っ赤にして言い淀む私に、何かを察したマスターの声と、ドアのベルの音が重なり “最後” の部分が聞き取れなかった。


「やっと見つけた」

「……ーっ!」


 ぜぇはぁと息を乱し、一番会いたくない人が私の後ろに居る。

 私の身体は石のように固まり “過ち?” から逃げた “負い目” から、怖くて振り向けない。如月綾人は私の腕をがっしり掴み、


「兄さん。 俺『ダブルローストベーグル、ランチ』で『食後アイスルイボ』風間先輩は “ランチ” どうしますか?」

「へ?」

「 “話” があるんで、お昼もついでに」

「……ベーコンとたまご添えスフレパンケーキのランチセットで、ドリンクがアイスカフェラテで、食後に……」


 あまりにも “真剣” な顔の如月綾人に、私は逃げれないと悟り、時間もかかるだろうから軽食ではなく、しっかり食べようとミニサラダ付きの “ランチセット” を頼んだ。


「……かしこまりましたぁ。 席はどこがいいかしらぁ?」

「兄さん “奥” 借りてもいいか?」

「……ほんとは、ディナーの“予約”のお客様だけ、だけれども仕方ないわね、今回だけ特別よぉ」

「サンキュ。 埋め合わせは今度な」

「じゃ。 今度の土日、ディナータイムだけ出てちょうだい」

「了解」


 私達に “何か” を察したマスターは、日中の営業時間には利用していない、奥に4人ほど座れる個室が3席ある。

 その個室の利用をあっさり許可し、ちゃっかり土日の戦力も確保していた。

 トントン拍子で事がすすむ様子を見ていると、やっぱり兄弟だなと思ってしまう。


「出来上がったら、持っていくわ。

……あと、頑張りなさいねぇ」

「っ! ……兄さん、気付いて?」

「バレバレよぉ」

「?」


“何” を頑張るの?……マスターに “過ち?” バレてないよね?

 仲が良い兄弟だからって、そこまで踏み込んだ “会話はなし” しないよね?一人っ子だから分かんない~!

 ※彩香は “混乱” している。


「……ー先輩。 風間先輩」

「へっ!?」


 気が付いたら、奥の個室に来ていた。

 如月綾人は申し訳なさそうに “私” を見つめる。


「その “昨夜” のこ「失礼しまぁす。 お待たせしましたぁ! ……あら、邪魔しちゃったかしら?」


 マスターは項垂うなだれる弟を見て申し訳無さそうに問いかける。 その “申し訳なさそうな顔” が、二人ともよく似ている。


「「……」……いや、切り出すタイミングが悪かっただけ」

「悪いことしちゃったわねぇ。 はい、彩香ちゃん。 ベーコンとたまご添えスフレパンケーキよ。 綾人はダブル炭火焼きローストビーフベーグルサンドね」


 マスターは私達の前にそれぞれの食事を急いでセッテングする。

“表” からカランッカランッ!とベルの音が鳴り、お客様の来店を報せる。


「あら、お客様だわ。 いらっしゃいませぇ」

「やぁ、マスター。 いつものよろしく」

「ブレンドコーヒーですねぇ。 かしこまりましたぁ」


 マスターは急いで “表” のカウンターへ戻るとお客様の相手をする。 先程までの賑やかだった、私達が居る個室はしーんと静まり返っていた。


「………… “昨夜” の……こと……だけど……」

「あー、先にお昼にしよっか」


 今度は私から、おずおずしながら “昨夜” の事を切り出すと、如月綾人は歯切れ悪く昼食を優先する。

 まぁ、食事しながら “過ち?” の話しても、美味しい料理を楽しめないけど、黙々食べるのもなぁと思いながら私はフォークにベーコンとスフレパンケーキをさして口へ運ぶ。


「美味しいぃ!」


 ベーコンはカリカリで香ばしく、スフレパンケーキは甘さ控えめで生地がとてもふわふわだ! いつも通りの “美味しさ” で、私はいつもの感想をいつもの癖で呟く。


「兄さんの料理は “賄い” も美味しいぞ」

「はじめて “会った時” に食べていたよね?」

「……あぁぁ、やっぱ “覚えてねぇかぁ” 」


 如月綾人は通常の量より、二倍ダブルのローストビーフが入っている、ベーグルサンドを頬張りかけていたが、私の “言葉” を聞いて、ピクッと反応してガックリする。


「???」

「まぁ、そうだよなぁ」

「……どっかで、会ったけ?」

「……一昨年」

「一昨年?」


 一昨年、一昨年って私が19歳で大学一年、如月綾人はまだ高校三年生の18歳だよね?

 高校生と大学生って接点なさそうだけど、あっ! でも、その頃から『flosフロース odorオドル』に来ていたから、此処で出会ってた??




 食事を終えた私は食後のアイスカフェラテにガムシロップを入れ、ストローでかき混ぜる。 氷がカランカラン音をたてる。

 チラッと如月綾人を見ると、透き通った赤茶色のアイスルイボスティーをストローで飲んでいる。


「……その “昨夜” ですが、まだ学生だけど私は、もう21歳です。 酔ってて記憶はないけど……私にも“落ち度”はあるので、今回の過ちはなかったことでお願いします!」


 私は“表”に聞こえないよう、小声でまくし立て、勢いよく頭を下げる。


「してない!」

「ふへぇ?」

「あー、やっぱ、誤解してたかっ!だよな、あの “状況” じゃするよな」

「へ?してない??」


 今度は如月綾人が小声で捲し立て、私はきょとんとする。

 じゃ、何でホテルの同じベッドで寝てたの??


「兄さんに頼まれて送ってた時ー……」


 如月綾人は “昨夜” の “真相” を語りはじめて。



 ※如月綾人視点


『……ー輩。風間先輩、大丈夫ですか?』

『うぃ、ひっく。 へ?』

『……駄目だな。タクシー捕まえるか』

『うぅー……』

『先輩?』

『吐くぅー『えっ! ちょっ、ちょっと待って、ここじゃ』

『うぅ『だから駄目だって! せんぱぁい!! 』


 なんとか路上の “大惨事” を防いで、公園のトイレに駆け込んだが、


『すみません、風間先輩。 ワンピがゲロで汚れたんで触れます』

『ううぅ』


 公園のベンチに二人で座り、俺は濡れタオルケットで風間先輩の、七分丈の山吹色のワンピースの汚れを落としていくが、先輩は酔っぱらっていて上半身がふらふらと左右に動く。


『じっとしてて』

『ううん』

『落ちたか。 俺、水道に行くんで、動かないで下さいね』


 ベンチから二、三歩の所にある水道に行くだけだが、かなり泥酔してるので、注意してから離れる。

 俺はゲロがついた自分の黒いカーディガンと七分丈の白いシャツを脱いで、上半身がグレーのタンクトップだけの姿になる。

 水道の蛇口をひねり、バシャバシャとカーディガンとシャツについたゲロを落とす。


『まだ、匂うな』


 俺は水を絞り、微かにゲロの匂いが漂うカーディガンとシャツを見つめる。

 先輩のワンピは、流石に脱がせられず拭いただけなので、ぷんぷんとゲロの匂いが漂っている。 これ以上はどうしようもないので、


『歩けますか?』

『うー』


 俺はかくんと頷いた先輩を引きずって、自分の濡れた服を手に持って道路に向かう。



『兄ちゃん、ダメダメ!』

『そこをなんとかなりませんか?』

『吐かれたら、匂いが取れるまで “客乗せれない” から無理だよ!』

『……そうですか』

『悪いね。 他も同じだから歩くしかねぇけど、姉ちゃんは無理そうだな。ここ曲がった角に “ホテル” があるから、そこ “泊まりな” 』

『は?』

『姉ちゃんと幸せになぁ』


 俺達を “カップル同士” だと、勘違いしたタクシーのおじさんは、お客を乗せて去って行く。

 教えられたホテルまでやって来て “サービス” の内容を確認する。

“クリーニング” もあるし、さっきまで騒いでいた先輩は熟睡していた。


『あー……これ以上は無理か』


 早くゲロの匂いもどうにかしたかった。先輩より早く起きて “説明” すれば問題ないだろうとホテルに入る。

 ホテルの受付のお姉さんとお兄さんは “匂い” で、全てを察してくれて、クリーニングの手配や、受付のお姉さんは先輩のワンピを脱がすのを手伝ってくれた。


 ……眠い。ウトウトしながら俺は時計を確認する。 時刻は既に深夜0時を過ぎていた。


『……先輩より、先に起きればいいか』


 この時、俺のタンクトップも一緒にクリーニングにだしてホテルのパジャマを着れば良かったが、眠気に勝てなかった俺は上半身、裸のまま寝過ごして “冒頭” の “誤解” に繋がった。

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