第20話 神器朱刀
冬嗣と共に戦闘を開始した朱は、朱雀の影とも言うべき存在と対峙していた。
影である『朱雀』は黒い翼を大きく広げ、血のような赤い眼を動かす。その目が朱を捉え、甲高い声で咆哮した。
「さて、きみはどう動く?」
月影は腕を組み、高みの見物を決め込んでいる。その姿を苦々しく見上げた朱だが、今はそちらに気を向ける時ではないと思い直す。
朱が向き合うべきは、こちらを睥睨する『朱雀』。それこそが、夢の中で朱雀に言われた「倒すべきモノ」だ。
「――ッ」
緊張でこわばる体を鼓舞し、深く息を吸う。そして刀を構えると、『朱雀』の吐き出す炎を躱して駆け出した。
『朱雀』は一度のみならず、何度も何度も炎を吐く。その度に火力は上がり、炎は弾丸となる。わざとらしく、『朱雀』は炎を朱にあてない。時折頬や衣に擦るように触れ、朱は熱さと痛みに顔をしかめた。
それでも、朱は止まらない。
飛ぶ相手に地上から刀を振っても不利なだけだが、朱は『朱雀』が近付いた時を狙ってその足を狙う。
「やぁっ!」
「クェェェッ」
刀の切っ先が『朱雀』の足を掠り、わずかに切り傷を作る。それを嫌い、『朱雀』は足を振った。そして朱に狙いを定めると、一直線に滑空する。
「──来いっ!」
朱は刀を構えて受ける姿勢を取り、『朱雀』を真っ正面から斬るつもりで待機する。
もしかしたら八つ裂きにされるかも、とも考えると恐ろしいが手段は選んでいられない。少なくとも、接近しなければ刀は届かないのだから。
しかし、『朱雀』は思いもよらないことをした。なんと朱の刀を嘴で挟み、舞い上がったのである。
「なっ──……くうっ」
風にあおられ、朱は刀を握る手に力を入れた。体は宙に振られ、手だけで体を支えるしかない。地面はすぐに離れてしまい、落ちて打ち所が悪ければ死ぬ所まで上がってしまった。
「このままじゃ……ッ」
空中から見下ろせば、冬嗣が『玄武』相手に懸命に挑んでいる様子が見て取れた。巨体を相手に、善戦している。
「冬嗣!」
「こっちは大丈夫だよ、朱!」
(冬嗣……。俺も、このままで良いわけがないよな)
火傷が鋭く痛むが、痛いと泣くのは全てが終わってからで良い。そう切り替えた朱は、水ぶくれが出来始めた手に力を入れ、刀を離すまいと握り締めた。
そして、『朱雀』を見据える。間近のその顔は忌々しさがにじみ、いつ朱を叩き落としてもおかしくはない。
更に嘴の中から、圧倒的な熱を感じる。朱を嘴から離した直後、炎で焼き尽くすつもりなのだろう。この高さから落とされれば逃げることも出来ず、焼かれて終わりだ。
「──くっ」
朱はちらりと地上に目をやってから、ぐっと歯を食い縛る。そして飛んでいる『朱雀』が作る風に乗って機会を図り、体を振り子のように振って『朱雀』の上に出る。
更にそのまま刀を持つ手に力を入れ、抵抗する嘴から無理矢理引き抜く。ピッと嘴の端が斬れ、『朱雀』は悲鳴を上げた。
「――っ、だぁっ」
風に遊ばれ、いつ転げ落ちるかわからない。そうなる前に、朱は刀を振り上げた。狙うのは『朱雀』の首だ。
流石に首は急所だろうと朱が思ったのも束の間、ぐりんっと『朱雀』が首を回した。目が合い、朱は驚いて刀を振り下ろす機会を逸する。
それを好機と捉え、『朱雀』は翼を大きく羽ばたかせた。そして体を揺すり、朱を振り落としにかかる。
「くそっ……うわっ!?」
ぐらり、と視界が
朱は手で空を掻くが、体の自由は利かない。『朱雀』は勝ちを確信した鳴き声を上げると、大きく嘴を開けた。その中から、暴力的な熱量の炎が吐き出される。
炎は落下する朱に追い付き、その身を燃やすはずだ。どちらにしろ、高速で落下すれば命はない。
(俺は、まだ諦めたくない……!)
地面が迫る中、朱は何処かで自分を見ているであろう存在に向かって本気で願った。その願いは声になり、全てを越えて届く。
「朱雀――――っ!」
『――やはり、我が影は我で始末をつけなければ、か』
「すざ、く……」
その大きな緋色の背中に受け止められ、ぽかんとした朱に名を呼ばれた。朱雀は小さく一声鳴いて、その言葉に応じる。
朱雀の姿は実体がなく、何処か不安定な透明感を伴っている。それは、鏡を失ったために本来の力を取り戻せていないためだ。だとしても、朱にとっては充分だ。
「ありがとう、朱雀」
『……』
地上に降ろしてくれた朱雀に礼を言い、朱は再び朱雀の影に向き直る。『朱雀』は悔しげに喉を鳴らすと、猛速で朱雀に向かって突進した。
朱雀も構えて受け止め、二つの巨鳥がぶつかり合う。その力は炎となって飛び散り、朱は必死に躱し切った。
「俺も手助けをっ。でもどうしたら……」
炎の熱で洞窟内の温度が上昇し、朱は額の汗を手の甲で拭った。そして、ぶつかり炎を吐き合う朱雀たちを見上げる。
目を移せば、いつの間にか冬嗣が玄武と共に影と戦っている。玄武の姿も実体はないのか半透明だが、影を押しているようにも見えた。
意識を集中させれば、春霞と明虎も同様の存在と共にいると感じる。そちらはより鮮明に、神力とも称せる力が発せられていた。この場に、四柱の神々が姿を現しているということになる。
(凄い……。でも、力を借りてばかりじゃいけない。俺も、朱雀を助けるんだ)
刀を握り締め、傷だらけの自分を鼓舞する。その思いが通じたのか、朱は刀を持つ手が熱を持っていることに気付く。
「刀が……
夏家に伝わる刀はその色と姿を変え、朱い刀身を持つ刀へと変貌した。わずかに熱も感じ、朱は朱雀を見上げた。
丁度影の炎を躱した朱雀は、朱の視線に気付き目を細める。それだけで、朱には伝わった。この刀が、朱雀のもたらした特別な武器――神器だと。
「……勝とう、朱雀。勝って、鏡を奪い返すぞ」
『応』
朱雀が降りて来て背を差し出し、朱はその背に飛び乗った。
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