第3章 迫り来る厄災の種

第11話 偽虎襲来

 朱の問いに答えたのは、木の影から現れた人影だった。

 男にしては線が細く、華奢に見える。しかし女にしては首が太く、体が分厚い。鮮やかなひとえを身に着け、しなを作って微笑んだ。

「ここに迷いなく来たということは、あなたがワタシの呪術を破った奴ね? 全く、気を抜くことも出来やしないわ」

「……お前、呪術師か」

「そうよ」

 野太い声で応じたその者は、くすくすと笑うと右腕を真っ直ぐ上に伸ばして手を開いた。いつの間にか日は真上に昇り、その日を頂く。

「ワタシの名は、すず。呪術師にして、使

「白虎、だと?」

 秋家の祀る神の名を聞き、明虎の眉間に険が浮かぶ。それを見た鈴は楽しげに笑った。そして、全く怖がっていない様子で自分の肩を抱く。

「あら、怖い顔。――見てみるかしら?」

 そう言うが早いか、鈴は指を鳴らした。パチンッという涼やかな音に呼ばれるかのように、黒い雲が彼の上空で渦を巻く。

 ──グルル……

 雷鳴轟く如き唸り声が聞こえた。朱たちが見上げている中、鈴に寄り添うように真っ黒な体に白い模様の浮かぶ虎が一頭現れた。

「それが、白虎だと?」

「そう。ワタシの可愛い相棒よ」

 低く抑えられた明虎の声色に、塞き止められた怒りがにじむ。明虎のそれを嘲笑うかのように、鈴は黒い『白虎』の首を撫でた。

 気持ち良さそうに喉を鳴らした『白虎』は、明虎たちを睨み付けた。その眼差しは、決して神のそれではない。

 明虎は「ふっ」と息を吐き出すと、吸うと同時に弓矢を引き絞った。そして、さっと視線を仲間へ走らせる。

「朱、冬嗣、春霞。ここは私が食い止める」

「だから、先に行けと?」

「わかってるじゃないか、春霞。──その子たちを頼むぞ」

「そんなっ、俺も……」

 朱が言い募ろうとしたのに被せ、春霞は首肯した。朱と冬嗣の手首をそれぞれ掴んで言う。

「さっさと来いよ」

「勿論。お前のぐうたらをいさめるのが私の役目だ」

「言っとけ」

 吐き捨てるように言い、春霞が二人を連れて先へ進む。それを追おうとした鈴の首筋へ、真っ直ぐに明虎は矢を向けた。いつの間にか、矢の先に一枚の札が浮かんでいる。

「……何の真似かしら?」

「あの子たちのもとへは行かせない。ここで、足止めさせてもらう」

 そう宣言すると、明虎は勢いよく矢を放った。



 蔦や木の根を躱し、春霞が島の奥へと疾走する。彼の後を追い、朱と冬嗣が駆けて行く。

 時折後ろを振り返りながら走るため、朱の足はどうしても遅れ気味になった。それに気付き、春霞は足を止めて振り返る。

「気にしなくて良い。あいつは、そこらの奴には負けない」

「でも、一人で置いて行くなんて」

「お前たちには言ってないけどな、あいつは──」

 ため息と共に吐き出された春霞の言葉は、彼らがやって来た方向から発せられた爆音にかき消された。

「「え……?」」

「やっぱりな」

 耳を塞ぎ、目をしばたかせる朱と冬嗣に、春霞は苦笑するしかない。

 春霞が何の迷いもなく明虎を置き去りにした理由は、きちんとあるのだ。ただ、それをゆっくり説明する時間はなかったというだけで。

 爆風が自分たちのいる所まで届き、衣が翻る。その風の中に明虎の気配を感じ、朱は目を見張った。

「これ……」

「気付いたか、朱」

「え? 何なに」

 まだ気付いていない冬嗣が、仲間外れに不平を言う。だから春霞は、その焦りに応えてやることにした。

「明虎は、幼い頃に陰陽師から呪道を教わった。弓矢の扱いにも長けていたから、その二つを組み合わせたんだろ」

「陰陽師」

 冬嗣はまだピンと来ていないようだが、朱は理解した。簡単にまとめれば、明虎は戦い慣れているということだ。

「だから、あいつが思い切り戦えるよう、オレたちは離れた方が良いんだ」

 どうせ、すぐに追い付いて来る。春霞の信頼に満ちた言葉を受け、朱と冬嗣は頷いた。

 それに、と春霞は前方へ警戒を向けた。

「オレたちも、簡単には進ませてもらえないらしい」

「だね」

「うん。……でも、行かなくちゃ」

 冬嗣が刀を抜き、朱と春霞もそれぞれに得物を構える。

 三人の睨む先には、黒いもやのような塊が幾つも浮いていた。それらは徐々に形を作り、小型の虎になる。

 虎は三頭。朱たちそれぞれに向かって唸り声を放つ姿から、先程の鈴と名乗った呪術師の仕業だと見当がつく。これらを倒さなければ、先には進めないようだ。

 春霞はニヤリと笑うと、背にあった槍を取り出した。丁度森の中でも開けた場所で、槍を振り回すには丁度良い。

るぞ、お前ら。戦い方は実践で学べ」

「うんっ」

「こんなところで、立ち止まれない!」

 春霞の合図で、三人は一斉に飛び出した。彼らに呼応し、黒毛の虎たちも唸り声を上げながら突進する。

「はあっ!」

 鋭い牙をひけらかして飛び掛かって来る虎に対し、朱は刀を振り上げた。

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