第13話「紋章の力」

この異世界にやって来て2日目を迎えた。

私たちは森の開けた場所で、地面にトラックを描き

体育の授業さながら、走ったり跳んだりして体力測定をしている。

全く知らない異世界。

弓矢の雨に襲われ、武器を持った黒い甲冑の人たちに追い回されるという恐怖を体験し、

そして慣れない野宿を強いられた私たちは、不安に苛まれた。

女子たちは、悲痛な表情を浮かべながら、涙を零して互いに肩を寄せ合って一夜を過ごした。

だけど、今日は一転してみんなの顔に笑顔が戻った。


***

今朝方、行方不明だった右条晴人君と合流することができた。

ハルト君は私たちとは異なる地点に召喚され、そこで私たちと同じく黒い甲冑の人たちと遭遇したそうだ。

そこで揉み合いになり、その時に気付いた自分の身体の異変について話してくれた。


“紋章”


確認するとそれは私たち全員の身体のさまざまな箇所にひとつだけ刻まれていた。

紋章によって、人ならざる身体能力と異能力が与えられているんじゃないかと話すハルト君は、

身体能力を力(腕力)、速さ(敏捷、素早さ)、HP(体力)の3つにステータスを分けることができるという。

私たちにわかりやすいようにゲーム風の表現で説明してくれているのだが、にわかには信じ難い。

そこで陽宝院君の提案で、みんなで体力測定をして確認してみようということになった。

さっそく測定をはじめてみると、驚くことの連続だった。

走ると、遅い子でも100m 8秒台。遅くて世界記録を上回っているのだから驚きだ。

思い返してみると、黒い甲冑の人たちから逃げるとき、みんな妙に速かったような気がする。

ジャンプ力を確認すれば2m、3mは余裕で、コツを掴んだ男子たちは特撮ヒーローのようなアクションを

軽々やってのけて、はしゃぎはじめている。


続いては異能力だ。ハルト君はチート能力と呼んでいたが 、全員の能力を確認して表にまとめると

異能力の性能は大きく分けて戦闘系と非戦闘系 の2つのタイプに分類できる。

そしてステータスを攻撃力、防御力、回復力の3つに分けた。

戦闘系はもちろん相手に攻撃を加えてダメージを与えることができる能力のこと。

紋章の力を武器や身体に注いで攻撃力を増すことができる。さらに火、水、土、風、雷などと言った属性も付与できることが分かった。

火属性の後藤君はみんなの前で、ハルト君が拾ってきた剣を使い、刀身に炎を纏せた炎の剣をつくって見せた。

戦闘系はさらに戦闘特化型(アタッカー)と、相手の攻撃から仲間を防いでくれる防御特化型(タンク)と

仲間のケガや体力を回復させることができるヒーリング特化型(ヒーラー)といった戦闘支援系に分けられる。


非戦闘系は主に生産職。物質から道具や武器を錬成できる。

鉄が手に入れば近代兵器を作ることができるんじゃないかとハルト君は考える。

その鉄だって土属性と火属性の能力から生み出された鉱物と火を合わせることで精製可能だ。

他にも土や水、植物の能力を合わせて農耕を行えば野菜などの食物も作れる。

水属性の人のおかげで飲み水も確保できるので当面の生活には困らなそうだ。


***

全員の測定が終わると、クラス全員のステータス値を表にして可視化してみた。

そこで大きな問題が表面化する。


月野木天音


身体能力

力 0

速さ0

HP100


異能力

攻撃力0

防御力0

回復力100

スキル 無し

属性 無し


みんな私の値を見て言葉を失ってゆく。

私の身体能力は日本にいた時と変わらない普通の人間。

去年の地区大会でも優勝して自信のある100m走 。

12秒台の私のタイムが、平凡を通り越してものすごく遅く感じる。

唯一、体力と回復力はみんなより高めだけど、これひょっとして、私、しぶといだけのザコ⁉︎

つまり役立たずってこと?

さっきからアカネが青い顔して、私を見つめている⋯⋯

とりあえず、アカネにぶら下がった2つの大きなクッションの間に顔を埋めて泣いてやった。

「エンエン」

「ヨシヨシ」


***

「戻ってきた! ニュアルたんだ」

やって来るニュアルちゃんの姿が見えると男子たちが一斉に集まり出した。

ニュアルちゃんは、すっかり男子たちの人気者になった。

ギールさんや陽宝院君、鷲御門君、佐倉先生の姿も見えてきた。

5人はダルウェイル国国王との謁見から戻って来た。

「なぁ、王様ってのはどんなだった?」

「50代くらいだろうか。立派な髭をたくわえて威厳があった」

陽宝院君の答えに、イメージ通りだったのだろうか「おお!」という感嘆の声が上がる。

「もしかしてニュアルたんのお父さんなのか?」

「お姫様だもんな」

「夫だ」

「は?」

男子たちが一斉に固まる。

「はぁ⁉︎ おっさんがこんなかわいい幼女と結婚するなんて犯罪じゃねぇか!」

騒ぎ出す男子たちにギールさんが恐い顔を向ける。

「不敬ですぞ。口を慎みなさい」

「(一同)⋯⋯」

「女は10を過ぎれば、何処ぞの家に嫁ぐのは当たり前のことだ。(女子たちを見て)そなたたちはだいぶ行き遅れてるな」

この時、女子たち全員の眉がピクついた。

「そなたがハルトか。よろしく頼む」

「ああ」

ニュアルちゃんとハルト君が握手を交わす。

彼女たちと会話が通じ合うのはきっと、この紋章の力なのかもしれない。

地図に書かれていた見慣れない文字も自然と読めていた。

「それで王様はなんと?」

「俺たちは保護してもらえるのか?」

「ふかふかのベッドではやく寝たい」

向けられた質問に、陽宝院君の表情が硬くなる。


***

陽宝院君は、謁見のときの様子を話してくれた。

ダルウェイル国国王の居城 謁見の間

「そなたたちか? ニュアルが見つけて来た異世界の民というのは」

「はッ」

「それで我に頼みとは何ようだ?」

「はい。僕たちは、まだ17歳の未成年ゆえ、雨、風をしのげる建物もない森の中では、生活して行くのは困難です。

どうか僕たちをダルウェイル国で保護して頂けないでしょうか」

「国王、私からもお願い致します。彼らを私の屋敷で預からせて下さい」


ーー返答に数秒の間が空いたという。


「ならぬ」


国王の発した言葉に「⁉︎」と、一同は驚く。

「17といえば、元服が済んでいるであろう。充分、騎士として主人に仕えていてもおかしくはない」

10代に対する価値観がここまで異なることは想定外だった。

「なのに森では生きていけぬということに、些か疑問だ。そなたたちの国はいったいどうなっているのだ?」

さすがの陽宝院君もこのときばかりは焦りの色が隠せなかったそうだ。

「私たちの国では、はやい子もいますが、社会に出るのは基本二十歳(ハタチ)過ぎてからです。

それに屋外で生活するという経験をしている子は少ないです」

佐倉先生が、声を震わせながら答える。

「二十歳だと? 領主も務まる年頃だぞ」と、王様は乾いた笑いを浮かべる。

部屋の隅に立つ同年くらいの騎士たちからもクスクスと笑い声が漏れる。

「そなたは?」

「この子達の教師です。この子達を守るのが私の役目なんです」

「まさか女子(おなご)までもが、このような大きな男児を守るとぬかすとは。これもまた驚きだ。まことにそなたたちの国は不思議でならない」

価値観の違いに驚いているのは王様も同じようだ。

「まぁ、そなたたちの身なりを見るからに裕福な貴族の家系なのであろう。エレムの森での滞在は許可する。

だが、森から出てはならぬ。ウェルス王国側に行くのは構わぬが、その時は我が方の兵たちがタダでは置かぬと覚えておけ」


***

「マジかよ! 俺たち森から出られないのか⁉︎」

クラスに動揺が広がる。

「どうするんだよこれから」と、辺りから弱気な声が漏れはじめる。

「そう悲観するな。支援はする。国王の承諾は得ている。必要なものがあれば私に申せ」

ニュアルちゃんが、私たちを安心させようと必死になる。

「僕に考えがある」

そう言って陽宝院君は地図を広げる。

私たちのいるエルムの森はダルウェイル国領ではあるが、ダルウェイル国とウェルス王国に挟まれた位置関係にある。

「ダルウェイル国は、最近、ウェルス王国に(地図上を指して)ここの砦を奪われている。これを僕たちの手で取り返すんだ。国王は、僕たちを警戒している。ここで手柄を立てて国王の信用を得るんだ。そうすれば僕たちの願いを聞き入れて保護してもらえるはずだ」

紋章の力がある。自信に満ちた表情でみんなは、陽宝院君の考えに賛同した。


つづく

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