第2章 詠凛学園2年B組とはじまりの国

第12話「旅のはじまり」

どうしてだろう⋯⋯全身に土の感触を感じる。

さっきまで、バスの座敷に座って、隣に座るあかねと談笑していたはずなのに、

気が付けばうつ伏せに倒れている。

前後の記憶が頭の中をぐるぐるしたまま、瞼をこじ開けると大破したバスの部品が煙を吹き上げながら散乱している。

そしてクラスのみんなも呻き声をあげながら辺りに倒れ込んでいる。

“ここはどこ?”

意識が昏倒したまま、周囲を見渡す。

霞みがかっているけど、ここは森の中のようだ。


***

昼下がりのラーメン店。

店内のテレビに映る女性キャスターがニュース速報を伝えている。

「詠凛(えいりん)学園の教師と生徒を乗せたバスが、修学旅行先の京都へ向かう途中、

高速道路上で爆発し、その場に倒れていた運転手の男性とバスガイドの女性以外の生徒と教師合わせて

37名の安否が分かっていません」

この事件はひとつの局を除き、各テレビ局が一斉に緊急特番へと切り替えて報道するほど大きなものとして扱われている。

画面上のテロップには安否不明者として生徒たちの名前が並ぶ。



安否不明

ツキノキ アマネさん(17)


***

今ごろ、テレビのニュースで私たちの名前が読み上げられている頃だろうか。

そんなことばかり頭を過る。

そうこうしているうちにあかねや他のみんなも徐々に意識を取り戻しはじめた。

みんなの最後の記憶に共通して残っているのは、乗っていたバスの前に突然、魔法陣のような紅い幾何学模様が道を塞ぐようにして現れて

その瞬間、”カッ”とした強い光が私たちを飲み込んだ光景。

そして気づけばこの森の中。見渡しても高速道路の高架橋はおろか建物は見えない。それにこんな大惨事なら報道のヘリが飛んできてもおかしくないのに、周囲は静かだ。

私たちは起きている状況が飲み込めないまま困惑していると突然、“バンッ!”と、音を立てて地面に弓矢のようなものが突き刺さった。

空を見やると黒い塊に見えるほどのたくさんの弓矢がこっちに向かって飛んできている。

私たちは悲鳴をあげながら、その場を走って離れた。

振り向くと木々の間から、剣を手に黒い甲冑を着た人たちがゾロゾロと出てきて、私たちを追いかけて来てくる。

私たちは恐怖に顔を歪めながら必死に走る。

転んで四つん這いになろうが、息が苦しかろうがとにかく必死にがむしゃらに山中を駆け登る。

走ってきて数百メートルは進んだだろうか、黒い甲冑を着た人たちが立ち止まって、追いかけて来るのをやめた。

「もうよい。ここまでだ。無用な争いは避けたい。引き上げるぞ」

「よろしいのですか? レオン様」

黒い甲冑の人たちは、後方から現れた蒼い瞳に金髪の青年の指示に従ったようだ。

「ああ。ダルウェイル国側に逃げ込んだんだ。これ以上追う必要はないだろ」

レオン・ハインストン。のちに、この21歳の若き指揮官に、私たちはウェルス王国の恐怖を味合わされることになる。


***

黒い甲冑の人たちがいなくなっても私たちの混乱は治まらない。

「いったい、なんなのよ!」

「もういやッ!」

不安を吐き出した女子たちをきっかけに、次々に不安や不満の声が漏れはじめる。

「帰りたい」

「警察は何やってんだ! 早く俺たちを見つけてくれ」

「このまま、ここで野宿なんて耐えられない」

「寝泊まりできる施設は近くにないのか?」

「こんなに汚れていてもお風呂に入れないってこと?」

「食べるものはどうすればいいんだ」

立て続けに起きた出来事にみんなパニックになって騒然となる。

「そんなこと言ってもどうにもならないだろ!」と、ついには憤りをぶつけてケンカがはじまる始末だ。

担任の佐倉先生は、放心状態で機能していない。

そんな中、詠凛(えいりん)学園の生徒会長を務める陽宝院光樹君が冷静に対処する。

「みんな、落ち着こう。ひとまずは状況を整理しよう。今は何を優先的にするべきか考えるときだ」

クラス委員長の鷲御門 凌凱君もケンカする男子たちに割って入り諌める。

2人の対応でクラスのみんなはようやく落ち着きを取り戻した。

陽宝院君の指示で点呼を取り、クラスの全員が揃っているか確認をはじめる。

「右条君の姿が見えません!」

ハルト君の他にも運転手さんやバスガイドさんの姿がない。

私たちが最初に意識を取り戻した場所でも姿は目撃されていなかった。

黒い甲冑の人たちに捕まってしまったのだろうか?

3人のことが心配だ。私も副会長として陽宝院君や鷲御門君のようにできることはないかと考えはじめる。

すると、急にあかねが顔を私に近づけてきてジッと見つめてくる。

「どうしたの?」

「ねぇ、天音。おでこに何か付いているよ」

「え?」

私は手鏡を取り出して確認してみた。

たしかにおでこに紋章のような丸い幾何学模様がある。

「これ、あかねにも付いているよ」

私は、あかねが顔を近づけて来た時、彼女の胸元が視界に入った。

「胸のところ」

「あ⁉︎ 何コレ」

身体に起きた異変に戸惑っていると、森の奥から近づいて来る物音がする。

クラス全員に緊張が走る。

また、さっきの黒い甲冑の人たち?

だが、現れたのは馬にまたがった小学生くらいの金髪の女の子と白髪の老紳士風の男性。

2人とも西洋人のような顔立ちをしている。

そして、背後から銀色の甲冑を着た人たちがゾロゾロとやってくる。


***

2人はニュアル・ウルム・ガルシャードとギール・アウルスと名乗った。

「日本? 聞いたことのない国だな」

なのに日本語を話せるようだ。

クラスを代表して陽宝院君と鷲御門君がニュアルちゃんとギールさんとの会談に臨む。

「ここがどこなのか教えて欲しい」

「ここはダルウェイル国。あなたたちはこの国とウェルス王国との境にある森に現れた。

私たちは天に届くような高さの光の柱を目撃し、ここへ参った。あなた方を襲ったという黒い甲冑の集団。あれはウェルス王国の兵たち。

おそらく彼らも同じ理由であそこへ参ったのでしょう」

私たちもギールさんが答えた国名はどれも聞いたことがない。

「できれば地図を見せて頂きたい」

陽宝院君は、彼らが身につけている衣服や防具から文明レベルをはかるに、過去の世界に飛ばされたと想定している。

ギールさんは、家来と思われる銀色の甲冑の人から手渡された地図を広げる。

それを見た私たちは驚かされる。そこに描かれていたのは見たこのない大陸。

過去の世界との想定はあっさり覆る。私たちがやって来たのはまぎれもない“異世界”だ。


つづく

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