第39話

☆☆☆


人生初の交通事故を経験した私はとても元気だった。



これで最後の復讐が果たされる。



すべては私にとっても多美子にとっても素晴らしい方向へと進んでいくはずだった。



翌日A組の教室へ入るとまだ由希は登校してきていなかった。



しかも、昨日母親に付き添われて産婦人科に入っていく由希を見たというクラスメートまで出てきた。



やられてしまったという噂は信憑性が増してきて、ほくそ笑む。



「やっぱりやられたんじゃないの?」



「きっとそうだよ。ひとりじゃ部屋からも出られないっていう噂だもん」



きっと、由希はもう再起不能だ。



夕里子ももちろん来ていない。



死んだという情報は入ってきていないけれど、まだ病院のベッドの上であることは確実にわかっていることだ。



中には出血多量で意識不明に陥っているという噂もある。



どっちにしても私の敵は真純ひとりに絞られることになった。



その真純への復讐も昨日の時点ですでに準備はできている。



今日の3時間目は体育の授業で、校外ランニングになっていた。



右手を包帯でグルグル巻にしている真純は当然休むものだと思っていたけれど、体操着に着替えてグラウンドへと出てきていた。



みんなが好機の目を向けている中、真純はひとりで準備体操を始める。



以前までは真純のまわりには沢山の友人たちがいた。



由希や夕里子だけじゃない。



真純と一緒にいればイジメられないと考える連中が、わんさかいたんだ。



それがいまや真純は一人ぼっちだ。



最近は真純の周りでいろんなことが起こっているから、普段真純にこびていたクラスメートたちですら近づかなくなってしまった。



準備運動を終えて、みんなで同時にスタートを切る。



ランニングだからスピードはそんなに早くない。



ダラダラと会話ができる範囲のスピードで決められたコースを走るのだ。



私はこのランニングコースが好きだった。



普段とは違う風景を見ながら授業を受けることができるから、いい気分転換になる。



「昨日は大丈夫だった?」



後ろから声をかけられて振り返ると、多美子が追いついてきたところだった。



一瞬昨日の交通事故のことをどうして知っているのかと思ったが、多美子が言っているのは切り傷の方だ。



「大丈夫だよ。お風呂に入るときに少しシミたけどね」



そう答えると多美子は安心したように頷いた。



それから私は多美子と並んで走ることにした。



他愛のない会話に時折笑い声を混ぜて走る。



こんな楽しい授業なら毎回あってもいいのにな。



そう思っていたとき後方で誰かが倒れるような音がして、私達は同時に振り向いた。



見ると真純が青い顔をして汗を吹き出しながら倒れ込んでいる。



白い包帯には血が滲んでいて、走ったせいで傷口が開いたのだとわかった。



だけど誰も真純に声をかけなかった。



みんな見て見ぬ振りをして再び走り出す。



「自業自得だよね」



そんな声と笑い声が聞こえてきた。



私と多美子はその場に立ち止まり、真純の様子を見つめていた。



真純は青い顔して私達をにらみつけるが、決して助けてとは言わなかった。



自力で立ち上がってまた走り出そうとしている。



これが真純の強さだった。



だから3人組の中で特になにもしていないように見えても、真純の存在が驚異になっていたのだ。



白い包帯はみるみる赤色に染まっていき、水滴が滲み出して地面にポタポタと落ちていく。



想像以上の出血量みたいで、私と多美子は顔を見合わせた。



それでも一人で立ち上がろうとしている真純の体が一瞬にして跳ね飛ばされていた。



大きな衝撃音がしたかと思うと走ってきた車のバンパーが潰れ、真純の体は跳ね上がり、そして近くの田圃に落下した。



それはほんの一瞬の出来事だった。



後ろから走ってきた車がしゃがみこんでいる真純に気が付かず、そのまま跳ねたのだ。



呆然として立ち尽くしていると、音を聞いた生徒たちが駆け戻ってきた。



そして周囲はあっという間に悲鳴と喧騒に包まれたのだった。


☆☆☆


「すごいことになっちゃったね」



3人がいなくなった教室内で多美子が疲れたような声でつぶやく。



校外ランニングの授業は思わぬ形で終わることになってしまった。



今後再開されることがあるかどうかもわからないらしい。



「本当だね」



私は相槌を打ちながらもあくびを噛み殺した。



真純が落下したのは田んぼの中だった。



残念だけれど柔らかな土の上に落ちたのでは死なないかもしれない。



本当は死んでほしかったけれど、そのためには私自身が死ぬような思いをしなきゃいけないから、さすがに難しい。



教室内にはさざなみのような会話があちこちから聞こえてきていた。



最近あの3人ばかりに不幸が降り掛かっていて、ついに3人共登校してこなくなってしまった。



呪いだとか、誰かからの復讐といった言葉も聞こえてくる。



でもその会話の大半が「いつかこうなると思っていた」というものだった。



みんな、悪いことをしていればしっぺ返しが来ると思っていたみだいた。



「有紗」



後ろから声をかけられて振り向くと、そこには青白い顔をした太一が立っていた。



太一は睨みつけるような視線をこちらへ向けている。



「なに?」



「ちょっと話しがある」



「話し?」



「教室内じゃちょっと、廊下に出てくれないか」



そう言われて私は多美子を見た。



多美子は「行っておいで」と、頷いている。



行きたくなんてなかった。



太一と交わす会話なんてひとつもないし。



でも多美子がそう言ってくれるなら、行かないわけんはいかない。



私はわざと盛大なため息を吐き出して席を立ったのだった。

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