第22話
☆☆☆
黒坂くんのことはあっという間に学校中に広がってしまったようで、ひと目見ようと廊下にまで女子生徒が集まってきていた。
そんな中、黒坂くんはあまり席を立つこともなく隣の席の私に声をかけてくる。
「教科書見せてくれてありがとう。明日には届くと思うんだ」
「そうなんだね。気にしなくていいよ」
何気ない会話にドキドキしてしまう。
むしろ教科書なんてずっと届かなくていいのにと思ってしまう。
そんな様子を見てあの3人が動かないわけがなかった。
「黒坂くん、よかったら学校案内してあげようか?」
いつもよりワントーン高い声で声をかけたのは由希だ。
由希は頬を赤く染めていて、その後ろには夕里子と真純もいる。
一瞬真純と視線がぶつかり、軽く舌打ちをされた。
それだけで私の体はすーっと冷えていき、視線をそらせてしまった。
「案内は井村さんにしてもらうつもりなんだ」
黒坂くんは申しわけなさそうな表情で答える。
「有紗が……」
由希の声色が変化して低くなる。
「やめといたほうが良いよ、その子」
あそう言ったのは夕里子だった。
夕里子は一日前へ出て私を指差す。
「友達いないし、暗いし、一緒にいるとこっちまで気が滅入ってくるから」
早口で言う夕里子に黒坂くんが目を見開いて私を見つめた。
私は見返すことができなくて、机の木目を見つめた。
「だけど、優しいじゃないか」
その声に驚いて顔をあげてしまった。
黒坂くんが優しい笑顔をこちらへむけていて、思わず顔が熱くなる。
きっと今の私は真っ赤になっていることだろう。
黒坂くんの言葉に一瞬真純が目を見開いたが、私はそれを見ていなかった。
結局、黒坂くんは自分で言っていたとおり他のクラスメートたちからの誘いを断って、私に学校案内を頼んできた。
早くも有名人になってしまった黒坂くんと一緒に、昼休みの時間を使って学校内を歩くのは注目の的で、居心地の悪さを感じた。
だけど黒坂くんはそんな私の心境に気がついていないようで、「あれはなに? こっちにはなにがあるの?」と、ひっきりなしに質問をしてくる。
学科が違うため使ったことのない教室にまで興味を示して入ろうとするので、止めるのが大変だった。
黒坂くんは運動ができてかっこよくて、だけどそんなこと感じさせないくらいにとっつきやすい性格をしていた。
「案内終わったのか? じゃあ飯行こうぜ!」
ようやく教室へ戻ってきたと同時に、クラスメートの男子が黒坂くんに声をかけた。
いつの間に友達ができたんだろう。
「あぁ。井村さん案内ありがとう」
「ううん」
どうってことないよと伝えようとする前に黒坂くんは数人の友人たちを肩を並べて教室を出ていってしまった。
食堂なんだ。
と思ってなんとなく寂しくなっている自分に気がついて、左右に首をふった。
黒坂くんは別に私と一緒にいたくて案内を頼んだわけじゃない。
先生が私の隣の席に座るように言ったから、ついでに案内を頼んだだけだ。
勘違いしちゃいけないと思いながら自分の席へ向かう。
カバンからお弁当箱を取り出したとき、後ろから肩を叩かれた。
「あ、多美子ごめんね。もうお弁当食べちゃったよね?」
私は多美子に一声かけていかなかったことを思い出した。
「それはいいの。でも、お弁当は食べないほうがいいよ」
多美子が険しい表情でそういうので私は手の中のお弁当箱へ視線を向けて、この前ゴミ箱に捨てられてしまったことを思い出した。
よくよく見てみると、お弁当袋の結び目が少し違っていることに気がついた。
視線を3人組へと移すと、3人はニヤついた笑みをこちらへ向けている。
嫌な予感が胸によぎる中私はお弁当箱の風呂敷を解いていく。
「さっきあの3人がいじってた」
多美子が小声で教えてくれたが、蓋を開けてみてもそこにはなんの変哲もないお弁当が入っているだけだった。
なんだ、なにもないじゃん。
そう思った次の瞬間、お米に違和感があった。
普段お母さんはお米の上にふりかけをかけてくれているが、今日はかけられていないようなのだ。
「チョークの粉を入れてた」
多美子に言われて私はハッと息を飲んだ。
箸でお米をつついてみると、白い粉の下からふりかけが覗いた。
真っ白に見えたのは全部チョークの粉だったのだ。
途端に3人の笑い声が教室中に響き渡った。
ゲラゲラとおかしそうに、お腹を抱えて、目に涙をためて笑っている。
「なにしてんの? 早く食べないと昼が終わっちゃうよ?」
白々しく声をかけて近づいてきたのは真純だった。
後ろには当然のように夕里子と由希を従えている。
私は後ろの2人を睨みつけた。
あんたたちが怯えている情けない動画を持っているだぞ。
そんな言葉が喉からでかかった。
「いい加減にしなよ」
多美子が私の前に立って庇うようにそう言った。
しかし真純は多美子の姿なんて見えていないようにその体を突き飛ばしたのだ。
多美子は体のバランスを崩して隣の机にぶつかってしまった。
「多美子!」
慌てて駆け寄ろうとしたが、真純に肩を掴まれてしまった。
「他人の心配してる場合?」
冷たく言い放たれた次の瞬間私の目の前にお弁当箱があった。
後ろから由希が私の頭を押さえつけているのだ。
「食えよ早く!」
真純の怒号に教室内が静まり返る。
今までもイジメは見てきたはずだけれど、ここまで激しいことはなかったからみんな唖然としているのが空気として伝わってきた。
「早く食え!」
夕里子が素手でお米を鷲掴みにして、そのまま私の口にねじ込んできた。
口いっぱいに粉が入り、激しくむせる。
チョークの独特な香りが鼻に抜けて、粉は喉にひっついて離れない。
「ほら、全部食え!」
顔をそむけても次から次へと口に米をねじ込められて窒息死してしまいそうになる。
呼吸ができなくてあえいでいると、喉の奥に米が流れ込んできてまたむせた。
悔しくて奥歯を噛みしめることすらできない状況の中、私はひたすらあのアプリのことを考えていたのだった。
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