第18話
☆☆☆
私はもしかしたら備考の才能があるのかもしれない。
3人に気が付かれないままボーリング場へ入ったときにはそんな自信がついていた。
3人はボーリング場の受付に向かい、私は隣のゲームセンターに隠れていた。
周囲はうるさくて3人がどんな会話をしているのかわからない。
話を聞くことができれば弱みでも握ることができるかもしれないのに。
そう思ってあたりを見回してみると、ボーリング場の方に小さなカフェがあるのがわかった。
そこで飲み物を購入してボーリングをしながら楽しむことができるみたいだ。
私は3人がレーンへ向かったのを確認してから早足でカフェに向かった。
ボーリング場には他の人達のプレイを確認している人たちもいるから、コーヒーでも飲みながら観戦していてもおかしく思われないはずだ。
カウンター内にいるお姉さんにアイスコーヒーを一つ注文して、それを持って何気なくレーンを眺めるふりをする。
夕里子たちは3番レーンに入っていて、さっそくプレイを開始していた。
ちょうど3番レーンの近くにはテーブルが設置されていて、そこでコーヒーを楽しむことにした。
周囲の喧騒に混ざって3人の会話がかすかに聞こえてくる。
周りがうるさいせいで、3人も結構な大声で会話していたことが幸いしたみたいだ。
「今日の有紗なにあれ」
突然自分の名前が出てきて慌てて3人に背中を向けた。
心臓が早鐘をうち、嫌な背が吹き出す。
「多美子と仲良くなったのかな」
夕里子の声だ。
「冴えない同士くっついたって感じ」
由希がそう言って笑った。
だけどその笑いは乾いていて、本気で笑っていないのがわかった。
「多美子のやついい迷惑だよね」
由希がそう言ったとき、真純が「そんなのどうでもいいじゃん」と呟いた。
その言葉で夕里子と由希が黙り込む。
鏡を使って後ろにいる3人の姿を確認してみると、真純は不機嫌そうにスマホをいじっていた。
「真純なに見てるの?」
「親からの連絡に返事してる」
ため息まじりに言う真純の言葉に私は目を見開いた。
真純が親からの連絡にちゃんと返事をするタイプだとは思えなかったからだ。
「相変わらずなの?」
夕里子が聞くと、真純は大きな舌打ちをした。
「なにも変わらないよ、うちの親は」
「じゃあ今日も門限あるんだ?」
「8時まで」
真純の口から門限という言葉が出てくるなんて思っていなくて、私は眉間にシワを寄せた。
これは本当に自分の知っている真純なんだろうか?
「うちは放任主義だよ。兄貴がいれば私なんてどうでもいいんだから」
そう言ったのは由希だった。
由希は劣等感を持っているようで、さっきから力まかせにボールを投げてはガーターを繰り返している。
点数なんてどうでもいいみたいだ。
「夕里子は?」
真純に話を振られた夕里子は顔をしかめた。
「うちは相変わらず。オヤジは女の人とデートしてるみたいだけど、母親が離婚届置いて出ていかなかったから、どうしようもないって感じ」
肩をすくめてなんでもないような調子で言う夕里子。
3人ともそれぞれ家庭内になにかしらの事情を抱えていることが伺えた。
そのストレスのはけ口が私ということか……。
3人の新な側面を見た気分になったが、どれで今までやってきたことが許されるとは思わない。
それはそれ、これはこれだ。
どんな環境で育ったって、いい人はいる。
結局その人の性格も大きく関係しているはずだ。
☆☆☆
1時間ほどボールングを楽しんだ3人は真純の門限のこともあってすぐにお店を出た。
私は3杯目のコーヒーを飲み終えてまた後をつけた。
7月の夕方はまだ明るくて、夕里子たちのような若い人たちが歩き回っている。
しかし真純の門限まであと1時間ほどになているから、3人はどこかに立ち寄る素振りを見せなかった。
この分だと今日はもうなにも起こらないのかもしれない。
落胆しそうになったとき真純が突然脇によって立ち止まり、電話を始めた。
「もしもし? ――うん、今帰っているところ――わかった。すぐに戻る」
簡単に電話を済ませて「すぐに帰らなきゃ」と、2人に伝えた。
「もう帰るの?」
「まだ門限まで時間あるよ?」
2人に言われても真純は左右に首を振る。
そして「またね」と軽く手をふると2人に背を向けて小走りに帰っていってしまった。
残された2人は顔を見合わせて泣きそうな顔をしている。
「相変わらず厳しみたいだね」
「両親の言葉は絶対なんだって? 従わないと殴られるって言ってたよね」
あの真純が殴られる?
自分の聞き間違えじゃないかと思った。
だって、真純の悲しそうな顔なんて少しも想像できないから。
「どっこの家もそんなもんだって思うと諦めがつくけど、幸せなやつもいる。不公平だよね」
由希はペッと唾を地面に吐いて言う。
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