第10話 宴の後の帰り道

1996年8月9日(金)


祭りの帰り道の道すがら、

遠くの空に花火が上がっていた。

夜を切り裂き、空を駆け上がって消えていく、その光は

遠くから見ても綺麗だった。


本当はもっと近くで見るはずだったのに……。


「アカリちゃん。大丈夫かなぁ?」

横に並んで歩く清水さんが友人を心配する声を漏らす。

この言葉は既に3回目だと思う。

二人きりの帰り道は、どうしてもアカリとトモサカの話題になってしまった。


「車で送ってるから……大丈夫だと思うよ」

車はトモサカが伝手を頼って呼びよせていた。

親の車では無いようだった。

ホント……。アイツの顔の広さというか、交友関係はどうなっているんだろう?



アカリがアルコールを飲んでしまって、へたり込んでしまったので

少し早いがお開きにしようという流れになった。


というか……トモサカがその流れにした。

「祭りに見回りをすると聞いている。

残念だけどお開きにしようか……」

そういや、夏休み前にこういったイベントごとでは

先生方が見回りするとか言ってた気がする……。


トモサカの"お開き"という言葉に最も抵抗したのは

アカリだった。


しかし……

「もしこれが見つかれば最悪、停学処分。

見つける人にもよるけど、

部活が停止になるかもね……。

アカリ……。

被害に遭うのは君だけじゃない。

……みんなだ。

新人戦に出れなくなるかもしれないんだよ。

人様に迷惑を掛けてまで、君は楽しみたいの?」

トモサカは声のトーンを落として俺達だけに告げた。

その声の大きさとは裏腹にその言葉の圧にアカリがうなだれた。

そうだ。見回りをしているのは先生だけでは無い。


警察もいたんだ……。


未成年の飲酒……。

バレたらマズいのは誰の目にも明らかだった。


その後もアカリが弱弱しい抵抗を見せたが、トモサカが押し切った。

俺はトモサカの対応も仕方が無いと思っていた……。

俺達だけでは無く、周囲の人達も

突っ伏したままのアカリの異変に気づき始めていたからだ。


「僕も注意が足りなかった。

すまない。

今度はお互い気を付けよう。


そうだ……。


また来年、

みんなで来ればいいじゃないか?」

トモサカはテーブルに臥せって

弱っているアカリを気遣いながら

そしてあのいつもの笑顔で言った。


「来年。また……」

アカリが弱弱しく反応していた。


トモサカの告げた"また来年"

この言葉にアカリは折れたんだと思う。


トモサカが皆を見渡して続けた。

「……すまない。

僕ももう少し前に気づくべきだった。

けど……。

楽しみは来年に持ち越し……。

それでいいかな? みんな」

トモサカが晴れやかに言い渡した。

アカリだけを悪者にしない。

そういう優しさがある物言いだった。

こういうことが"しれっ"と出来るのが

トモサカだった。



そしてトモサカに反対する人間などいなかった。



その後、アカリにしては珍しく俺たちに謝罪をした。

アカリ自身、言葉に呂律が回ってなかったし、

歩くのも"やっと"というは自覚していたと思う。


そして俺が清水さんを

遠藤が高宮を

トモサカが車を呼んでアカリを

それぞれ自宅まで送る形になった。


夜道ほど危ないものは無い。特に女子にとっては。



俺達はそれを中学の時に経験していた。




「まぁ。一缶くらいだから大丈夫じゃないかな。

俺の親父もそれぐらいは飲んでるし」

帰り道、俺はそう言って清水さんに返した。

友人を心配している彼女の気分を少しでも和らげたかった。


俺の親父はアカリの倍は確実に飲むことがある。

それもチューハイでは無く、ビールをだ。

しかも会社の上司の愚痴を添えてでである。

どうやら愚痴は酒を進ませるようだ。

愚痴ってるときほどよく飲んでいたと思う。


「そうかなぁ? アルコールって弱い人は弱いって聞くし……」

清水さんから疑問の声が上がる。

そういやそういうのも聞くな。

だとしたらさっきの言葉は逆効果だったかもな……。


「そういわれると俺もその辺は詳しくないけど。

水はちゃんと飲ませてたから……」

アカリがチューハイを飲んでしまった事が分かった後、

俺は水を買ってきた。

そしてトモサカはその水をアカリに飲ませていた。


水はアルコールの分解を早める。

お袋が酒に弱い親父にいつも注意している事だった。


「お水?」


「水を飲むとアルコールの分解を速めるらしいんだ。

お袋がさ……。

いつも飲みすぎた親父のことを心配して

酒飲んだ後は水飲ませるようにしてるんだ」


「そうなんだ……。だから鬼塚君とトモサカ君、

アカリちゃんにお水を飲ませてたんだ」


「そういうこと」


「……そっか。

……鬼塚君のお父さんとお母さんて仲良いんだね……」

顔を伏せがちにして、清水さんが呟いた。


「うん? まぁ普通じゃないかな?」

どこの家庭も似たようなもんじゃないだろうか?


「……」

清水さんからの返答が無かった。

一瞬の間、花火の光が途切れてしまい

少し下をむいた清水さんの表情を……

俺はちゃんと見る事が出来ていなかった。

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