赤錆の斧2
黒々とした煙が晴れ、ラダンの姿が見えた。
「…げっ。」
全身に軽い傷をこさえたが、痛手にはなっていないようだ。
「…てめえら…4匹がかりとはいえ、よくもこのオレにキズを付けやがったな!!そんなにバラバラにされてえなら、望み通りにしてやらあ!!」
怒号を発したラダンが斧を掲げて魄力を通わせると、刀身が赤黒く禍々しい光を帯びた。
「させるか!」
「止めます!」
僕とメイルが急ぎ後退したのに対し、紅炎と麗奈は出鼻をくじこうと接近して行った。
「紅炎、麗奈、よせ!」
僕の制止も虚しく、ラダンの一撃が先に決まった。
「
斧が地面に食らい付くと、半球状の赤黒い衝撃波が巻き起こり、僕達を吹き飛ばした。
「ぐっ!」
「うわっ!」
爆風かと思う程の威力と範囲の一撃に、既に距離を取っていた僕とメイルでさえ、かすった片足をかなり切り刻まれた。
「どわっ!」
「きゃっ!」
ましてや間近で防御をする暇もなく食らった紅炎と麗奈は、軽傷で済む筈もない。
空高く打ち上げられた後、頭から墜落してしまった。
「ぐ…っ…。」
「うう…。」
「けっ、まだ生きてやがるのか。ザコのくせにしぶとさだけは立派なもんだな。」
うつ伏せで呻く2人に、ラダンが止めを刺そうと近付く。
「この野郎!!!」
斧を構え直す間も与えまいと、僕はすぐさまラダンの左腕へ突きを浴びせた。
「ぐっ、てめえ…!!」
不意の一撃にラダンものけぞったが、腕を深く抉る前に外され、斧での右薙ぎを返された。
急いで後ろに跳んで避けるも無傷とは行かず、首元に浅手の切り傷を貰ってしまう。
「ち…!」
カス当たりにもかかわらず、なかなか効いた。
避けるのがあと1秒遅れていれば、動きに支障をきたす程度のダメージは負っていただろう。
「逃がすか!」
僕を目掛けて斧を振り下ろすラダンだが、その一撃は間に飛び込んで来たメイルの大剣に防がれた。
「邪魔すんじゃねえ!とっとと死にやがれ、カスが!!」
ラダンが声を荒げ、斧での連続斬りを叩き付ける。
「悪いけど、敵に死ねって言われて『はい分かりました』なんてわけには行かないんだ。カスなりにやるだけやらないと、殺されたって死に切れないんでね!」
両手を痺れさせる斧の乱舞に防戦一方になりながら、メイルは僕を見やり、不敵に笑った。
「けっ!守りだけはマシらしいな!だがてめえなんざ、ちょっと強めに斬ってやれば―」
渾身の一撃を繰り出そうと、ラダンが連続斬りの手を止めた瞬間。
僕とメイルは同時に突っ込み、2人がかりで切り上げを浴びせた。
「ぐっ…!」
しかし、完全に隙を突いた攻撃で、ラダンはなおも倒れない。
「生意気なマネを!くたばれ、ボケ共!!」
斧に再び赤黒く禍々しい光を宿したラダンだったが、振り下ろされた刃が地面に刺さる直前、首から下が凍り付いた。
「何…。」
後ろを見ようとしたところ、土を纏わせた重い拳で頬を直撃され、ラダンは吹き飛ばされて行った。
「氷華君!駆君!」
「あんた達、無事だったんだね!」
「へッ!あの程度でやられてやる程、ヤワじゃねエゼ!」
「めちゃくちゃ痛かったけどね!一瞬、首の骨まで折られたかと思ったよ!」
努めて平気そうに振舞う駆君に対し、氷華君は左手で顔を押さえていた。
「まったくあのロクデナシってば、世紀の美少女の顔にこんなキズつけてくれてさ!お嫁さんのもらい手なくなったら、どうしてくれるんだか!」
「ン?世紀のブスが、どうしたッて?」
「誰がブスだよ、このおバカ!美少女だって言ったで―」
飽きもせず小競り合いを繰り広げようとしていた氷華君と駆君に、赤黒い衝撃波が飛ばされる。
かなりの速さで回避は間に合わないと、防御を固めたところ。
不自然な突風が吹き、2人は衝撃波の弾道から外れていた。
「…あれ?」
「…どうなッてンだ?」
「どうなってんだじゃねぇよ、全く…戦いの最中に呑気に揉めてる場合か。」
「あっ、風くん!」
戸惑う氷華君と駆君の前にいたのは、呆れ顔の風刃だった。
「ちっ、今度は増援かよ!次から次へと…!」
立ち上がったラダンが、忌々しさを露わに歯軋りする。
頬には駆君に殴られた跡がくっきりと付いているが、まだまだ力は有り余っているらしい。
「舞さんに大体話は聞いたが、こいつが噂の強盗か?」
「ああ…って、何であいつは一緒じゃないんだ?」
「…空飛んで一緒に戻ろうって言ったけど、『酔いそうだから走って戻る』って言われた。」
「あはは…あのヒト、本当に三半規管弱いんだね…。」
「何だ、他にも仲間がいやがるのか?だったらいっそ、そいつも来るまで待ってやろうか?てめえらは全員まとめて始末しねえと、いつまでもちまちま鬱陶しそうだしよ。」
「余裕のつもりか?―舐めんじゃねえぞ!!!」
風刃は木刀を何度も振るい、風の弾丸を乱射した。
1つでもまともに受ければとても無事ではいられない程の弾幕だが、ラダンは斧を盾代わりにして凌いでいる。
「舐めてるのはてめえだ!それっぽっちの攻撃で、オレを倒せるとでも思ったのかよ!」
「ちっ、頑丈な野郎め…疾風牙じゃ幾ら撃っても無駄か!」
風刃が手数での勝負を止め、一撃の破壊力に賭けようとした時。
僕達の後ろから何かが飛び、ラダンの左足に命中した。
「熱っ!」
それはうつ伏せの紅炎がモデルガンで放った、炎の弾丸だった。
「紅炎さん!」
「フウ坊、足止めはこっちで引き受けるわ…お前さんは、嵐刃達と一緒に思いっ切り頼む…!」
「ぐうっ、このくたばり損ないが!今度こそ止めを―」
「
「ぐあっ!?」
麗奈が開いた右手を伸ばすと、ラダンの身体が3つの光の球で縛り上げられた。
「皆さん…お願いします…!」
「サンキュー、麗奈、紅炎!―皆、目一杯ぶち込むぞ!」
「はい!」
身動きの取れなくなったラダンを前に、僕達は残された力の全てを開放する。
「ぐぐ、てめえら…!1人相手に大人数で向かって来やがって、恥はねえのかよ!」
「生憎と、命あっての物種だからね。生き延びるためにはなりふり構っちゃいられないさ!」
「この世が取るか取られるかなら、自分が取る側にならないと面白くないもんね!」
「いざ取られる側になッてみてどンな気分だ、ハゲ頭よ!」
「この…!!」
ラダンは憤怒の形相で光の球を砕こうともがくが、僕達の準備が整う方が早かった。
「そもそも―」
風刃を皮切りに、皆が攻撃に躍り出る。
「強盗風情に、恥をどうこう説教される筋合いはねぇ!!」
僕と風刃と氷華君とメイルの斬撃に、駆君の拳。
5人がかりの同時攻撃を無防備に受けて吹き飛んだラダンは、空中で何度も回転しながら仰向けに沈んだ。
「ふ~。お疲れ~、皆の衆…。」
「流石です、皆さん…。」
紅炎と麗奈がふらふらと立ち上がり、僕達を労った。
「いやー…めんどさじゃ、過去一だったかもな。」
「ホント、しつこかったですね…樹王山の
氷華君が、不機嫌な顔で腕組みをして黙り込む風刃に気付く。
「どうしたの、風くん?」
「…別に。この程度の奴を1人で潰せねぇようじゃ、ディザーとかいう野郎とは到底やり合えねぇなって考えてただけだ…。」
「…まあ、そこはもっと修行あるのみって事だな。」
「団体さん。色々思うところはあるようだけど、こいつの懸賞金について話を―」
メイルの声を邪魔するように、ガラスが割れたような音が響く。
見るとラダンが光の球による拘束を力尽くで打ち砕き、起き上がっていた。
馬鹿なと思った次の瞬間には、奴の拳が僕の心臓を打っていた。
「がっ!!」
「兄ちゃん―ぐあっ!!」
脇見をしたのと同時に、風刃も腹部を蹴り付けられる。
空中で体勢を整え墜落は免れたが、どうにか沈まずに持ちこたえた僕の隣で膝を突いた。
「…てめえらごときが群れた程度で、ここまでダサいキズを付けられるとはな…!」
ラダンは怒気と殺気に満ちた荒い息を吐きながら、赤錆の斧を砕かんばかりに強く握り締める。
「まとめてぶっ殺してやるつもりだったが、予定変更だ!1匹1匹、たっぷり苦しめてから地獄に送ってやるぜ!精々、自分の中途半端な強さを恨みながらくたばるんだな…!」
5人がかりの全力の攻撃が決定打にならないのでは万事休すかと、誰もが望みを捨てかけたが。
「…殺す…なんて…封殺者的に…聞き捨て…なりませんな…。」
そこに、いつも通りのゆったりとした口調で舞が現れた。
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