赤錆の斧1

霊峰レジリスの登山口間近に立つ、黒い屋根のロッジの前。

左目に眼帯をしたスキンヘッドの大柄な男が、刃の赤い斧を幾度も振るっている。

防寒着に身を包んだ金髪碧眼の少年―ファラームのアルス王子は、紙一重のところで難を逃れていた。

「ははははは!なかなかしぶといじゃねえか、王子サマよ!」

ただし王子がかわしているのではなく、左手で斧を振るう男がお遊びでわざと外しているのが現実だった。

「はあ、はあ…。」

実際、斧を扱う男が余裕綽々なのに対し、身軽なアルス王子は目に見えて疲労が溜まっている。

既に放っておいても崩れ落ちてしまいかねない。

「だが、もうそろそろ飽きた。ここらで終いにさせてもらうぜ!」






「待て!!!」






僕が急ぎアルス王子と男の間に割って入ると、紅炎達も後に続いた。

「何だ、てめえら!?」

「アルス王子を捜しに来たモンだけど。王子を殺そうとしてるっつーことは、おっさんがラダンとかいう強盗かな?」

「ほう、オレを知ってやがるのか。だが、その上でツラを出すのは賢い選択じゃねえな!」

ラダンが振り下ろした赤錆の斧を、駆君が土をまとわせた両手で受け止める。

「ぐッ…随分な馬鹿力じゃねエか…!」

「おい、誘拐犯!アルス王子を連れて逃げろ!こいつは僕達で何とかしてやる!」

「は、はい!―アルスくん、こっちに!」

「すみません、ユナさん…!」

「待て、てめえら!」

去り行くアルス王子とユナに気を取られたラダンは、斧から手を離した駆君に腹部を殴られる。

「くっ、このガキ…!」

右手で駆君を捕らえようとしたがかわされ、更に両足を氷華君の冷気で凍らせられた。

「あんたの相手はボクたちだよ!」

「ああ!?ほざくな、ザコが!」

魄力を上げて両足に絡み付いた氷を容易く打ち砕き、ラダンは吠える。

「てめえらに用事はねえんだよ!少しでも楽に殺してほしけりゃ、とっとと道を空けやがれ!」

「まあまあ、落ち着きなよ。こうして6人がかりで狙われるなんて、裏の大物志望サマにとっちゃ名誉な話だろ?」

メイルが背中の大剣の柄を握り、微笑みながら挑発する。

「それにどうせ殺しをするなら、あの2人よりあたしらをやる方があんたの名前も上がると思うけどね。人数的にも、強さ的にもさ。」

「…ちっ、口の上手いアマめ。」

野蛮な笑みを浮かべたラダンが両手で斧を握り締め、渾身の力を込めて振り下ろして来た。

「そんなセリフを叩かれちゃ、後回しにしてやれねえだろうが!」






その一撃は地面をクレーターの如くへこませ、レジリス村全体を震わせた。






皆が危なげなくかわし、僕とメイルで軽い衝撃波もお返ししたが、ラダンはどちらも斧を盾代わりにして防いでのける。






「ほう。てめえら、思ったよりはできるらしいな。もしかして、そこそこ名が知れてる使い手の1匹や2匹、いやがるか?」

「御期待に沿えなくて悪いね。あたしはしがない傭兵だし、こっちの団体さん達は人間界の出さ。良くも悪くも、名前なんてロクに通っちゃいないよ。」

「ちっ。じゃあてめえらと逃げた2匹をぶっ殺しても、単に57匹達成ってだけか。…だがまあ、100匹どころか50匹も行かねえでグズグズしてるよりはマシだな。」

ラダンはつまらなさそうにぼやくが、すぐに薄ら笑いを浮かべた。

「てめえらに恨みも興味もねえが、オレの邪魔をしたのが運のツキだ!全員まとめて、この斧のサビにしてやるぜ!」

使い込まれた斧を頭上で軽々と振り回すと、赤い刃を自慢気に見せ付けるように構え直す。

「…あんた、人の命を何だと思ってるの。」

「何だ、そりゃ?随分くだらねえ疑問だな。」

怒りと悲しみが混ざった表情で問う氷華君に、ラダンは怪訝な顔をするのみ。

「命でも何でも、この世は取るか取られるかだ。だったら自分が取る側に立って、限界まで取ってやらねえと面白くねえ。…それくらいにしか答えようがねえが、何か感想でもあるか?」

「…最低!」

「…つくづくしょうもない奴だな。」

「ははははは!何だ、その反応は!まさか、強盗にモラルだか何だかを期待してたのか!?冗談きついぜ、アホ共!」

「だはははは、そちらこそご冗談を~。ヒョウ嬢も嵐刃も、お前を遠慮なくぶちのめして良いんだって安心しただけだぜ~。―もちろん、俺等もな!!」






陽気な物腰から一転して顔を険しくした紅炎が、モデルガンから炎の弾丸を連射する。






「はっ、ほざくじゃねえか!ぶちのめせるもんなら、やってみやがれ!」






「言われなくても!」






「やッてやらア!」






次々に襲い掛かる火の玉を斧で打ち払うラダンに、氷の剣を握った氷華君と、拳に土をまとわせた駆君が追撃を仕掛けに行った。






対するラダンは余裕をひけらかすように無防備のまま立ち尽くし、胸部に直撃を受けたが。






「…けっ。2匹がかりでそんなもんかよ。」






「何…!」






「そんな…!」






岩を砕く剛拳にも、強烈な冷気を伴う斬撃にも、まるで動じていなかった。






「さっきのは過大評価だったな。てめえらじゃ、遊びにもならねえぜ!」






ラダンが右手の拳で、氷華君と駆君の顔を一挙に殴りつける。






「あうっ!」






「ぐあッ!」






2人は勢いよく飛ばされ、仰向けに倒れた。






「てめえ!!」






紅炎が怒りを露わに巨大な炎の弾丸を放ったが、ラダンはこれも斧での切り上げで真っ二つに引き裂いた。






「ほう、こいつはなかなか悪くねえ威力だったな。」






背後で巻き起こった2つの大爆発を眺め、得意気に笑う。






「だが1発きりじゃ、オレには通じねえぞ!」






「だったら、集中砲火してやるよ!」






僕はラダンの背後に回り、模造刀から風の斬撃を飛ばした。






月光波げっこうは!」






ショウ!」






それとほぼ同時に、麗奈が掌から撃ち出した光線と、メイルが大剣から放った衝撃波が、左右から。






紅蓮爆炎弾ぐれんばくえんだん!!」






更に紅炎が再び撃った極大の炎の弾が、正面から襲い掛かった。






「ぐっ、てめえら―」






微かな焦りと、はっきりとした怒りを帯びたラダンの声は、炸裂した火球の爆音にかき消された。

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