平穏の村2

隈なく白い毛髪だが、長さは肩までかかる程で、禿げ頭とは縁を感じさせない。顔には皺や染みもなく、美容に熱心な手合いから嫉妬を買いそうな綺麗さだった。

右手に握った木製の杖は、先端が渦を巻いた様な形をしている。しかし、その杖を用いずとも足取りは力強く円滑であり、少なくとも歩行の補助が役目でないのは一目で窺い知れた。

「今晩は。ソミュティーの長の、ヴォルグ=フレイルと申します。」

高齢と思しくも若々しさのある村長に深く頭を下げられると、他の面々も釣られて会釈する。

厳格そうな容姿に反して声質は柔らかく、語り口も実に穏やか。長話でも聞かせられようものなら、すぐさま寝入る事が確実の旋律だった。

「人間界からお客さんがいらっしゃるのは実に珍しいもので、興味が湧きましてな。皆さんのお話、失礼ながら家の中で拝聴しておりました。地下の電車で、ファラームに向かいたいそうですな?」

「そうなんすよ~。で、許可ってお願いできますかね~?」

「はい。少々危険ではございますが、皆さんさえよろしければ、喜んで。」

皆が戸惑いの色を見せると、ヴォルグさんは頭を掻く。

「と、申しますのも…件の電車は、貨物列車でしてね。」

「貨物列車!?」

思いもかけぬ話に、素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ええ。当然、本来の用途とは違っておりますが…『荷物扱いで良いからファラームと行き来させてくれ』という要望が、数ありましてな。利用者自ら安全対策を取れるならばと、応じている訳です。」

「ああ、それで無料なんですね…。」

「タダより高え物はねえって、本当だな~…。」

苦笑する兄と紅炎さんの側で、運賃無しとは太っ腹だなどと何も疑わず喜んでいた我が身を恥じた。

「うう…やっぱり、電車はいいです!ファラームには、歩いて行きます!」

「ここからファラームまで徒歩で向かうと、1時間はかかるぞ?列車にかかれば、10分程で済むが…。」

シュオルドから淡々と告げられ、安全策を取ろうとした氷華は言葉も無く項垂れた。

「…ゴチャゴチャ迷ってちゃ、時間の無駄だぜ。貨物列車乗るか、空飛んで行―」

「貨物列車。」

「良し。」

これ幸いと勧めようとした選択肢は、言い終わるのも待たずに却下される。

同じ危険を冒すなら速く着く方がまだ良いだろうにと愚痴りたくないでもなかったが、控えておいた。











ヴォルグさんの自宅の裏にある階段を下りると、地下鉄のホームがあった。

切符売り場や改札口や駅名標は無いが、それらを黙殺すれば構造と雰囲気は人間界の景色とよく似ている。

目と鼻の先で準備を万端整えて待ち構えているのがコンテナを取り除いた貨物列車でなければ、魔界にいるのを忘れていたかもしれない。

「まさか人生で、貨物列車に乗るたアな…。」

「いや~、長生きはするもんだね~。」

「お前この間19になったばっかだろ。」

3人の駄弁を尻目に、氷華が無言で台車に足を載せた。

「あら、先程まで不安そうにしていらっしゃったのに…。」

「勝手に仕切った手前、引っ込み付かなくなッただけじゃねエの?」

天城の聞こえよがしな冷笑で眉を顰めた昔馴染みの隣に陣取りながら、問う。

「…怖ぇんだろ?歩いて行けば?」

「いーえ、電車で行きます!今さら降りたら、めちゃくちゃカッコ悪いじゃんか!」

冷や汗を浮かべ、微かに足を震わせながらも自縄自縛を抜け出せない様は、控え目に言って愚かで滑稽。

しかし、決して前言に背くまいとする心意気には敬える物もあると思うと、嘴の下に自然と笑みが浮かんだ。

「さ、うちらもとっとと乗りますか~。」

「はい。」

「ああ。」

各人が思い思いの位置に立ち、乗客は出揃った。

「皆さん。御存知かもしれませんが、ファラームの情報屋…ティグラーブさんは、魔界全体の事情に明るい方です。折角彼を訪ねる以上、魔界について分からない事は何でも聞いてみてくだされ。」

「ファラームは広く、複雑な地形の街だ。情報屋の店は少々入り組んだ場所にあって分かり辛いので、住民に尋ねながら探すといい。」

ヴォルグさんとシュオルドの助言がなされた頃合で、運転士の壮年男性が、首に下げた小さな笛を鳴らした。

「おお、時間ですな。では皆さん、どうぞお気を付けて。幸多き旅路になるよう、願っておりますぞ。」

「はい。ありがとうございます、ヴォルグさん。」

「気が向けば、何時でもソミュティーに立ち寄ると良い。静養には協力できよう。」

「うん!今度こそ大歓迎しちゃうから、きっとまた寄ってね!」

「ああ、そうさせてもらうよ!じゃ、またな!」

兄の返事を聞き届けたかのような頃合で、列車は発進した。






「どわっ、速え~!」

「台車に掴まりましょう!」

抜き身で揺れと強風に煽られる身体を、大いに振動する足場に縋って繋ぎ止める。

「くっ…この格好、地味にしんどいな。」

「しょうがねぇだろ、もう乗っちまったんだから。本当なら、飛んで行きたかったけど…。」

「オイ、言い出しッぺ!イカした電車に、感想の1つもねエのかよ!」

「…もしかしたら、風で飛ばされる方がほんの少しだけマシ…だったかも…。」

「後の祭りじゃ、馬鹿野郎!」

遅れて決心をぐらつかせた氷華に、呆れと憤りから声を荒げた。











「ところで、村長。今の客人達の事ですが…。」

「ふむ?何か、あったのですかな?」

「はい。…水色の髪の男は、背中に翼を持っておりました。」

「ほう…。」

「…?それが、どうかしたの?別に、珍しくないんじゃ…。」

「いえ、メイアさん…水色の髪と翼を併せ持つ方は、多くはないのです。」

きょとんとするメイアに、ヴォルグさんが重々しく応じる。






「魔界と人間界、全てを見ても―」

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