平穏の村1

「拙者、ソミュティーの警護役を仰せつかるシュオルド=フィルカースと申す。お主ら、何用でこのような時間に訪れた?」

円形の外周に竹垣を配した集落の入り口で、金髪碧眼の青年に問い掛けられる。

容貌や身にまとう純白の鎧は典型的な騎士と言った絵面だが、左腰に備え付けた得物は紛れもなく、日本刀。

和洋折衷と評するには少々西洋の色合いが濃いものの、さりとて不釣り合いとも感じさせない、妙な趣を醸し出していた。

「夜分に失礼致します。ファラームという街を目指しておりまして、こちらにある電車を利用させて頂きたく、伺ったのですが…。」

「村長さんに伝えねえと、乗せてくれねえんだろ?会わせてもらえねえかな~。」

シュオルドと名乗った青年は俺達をひとしきり凝視し、考え込む。

「…ふむ…忌み子とは関わりがなさそうだが…。」

「イミコ…?何、それ?」

「む?災厄の刃クラディースの頭目を知らぬのか?」

「そんな変なの、聞いた事もねぇぞ。ついさっき人間界から来たばっかだし。」

「…そうか。その言葉が真実ならば、招き入れても支障はないな。」

刀の柄に密着させていた右手を、シュオルドは緩やかに引き離す。

[ただし念の為、監視役として拙者が同行する。」

「何でエ、まだ疑ってンのか?」

「警護役が万一の事態を誘発しては、村長や住人達に詫びようが無いのでな。その代わりと言っては何だが、同意できるならば拙者が村長の元へ案内しよう。如何致す?」

「良いよ。それで頼む。」

兄の即答で、話はまとまった。











「うわぁ…すっごい広さだね…!」

白川郷を連想させる藁作りの家屋が並び立ち、中心に田畑を擁する景色は、辺境の地に似つかわしい。

だが、学校のグラウンドよりも幾分広い敷地は、『村』という呼び名から想像した面積との開きが大きく、目を丸くしてしまう。

「おっ、客か!?」

「えー、ホント!?久しぶりじゃーん!」

「ねえねえ、一緒にご飯食べない!?」

住民達の反応も、新鮮だった。

酒を酌み交わしながら遠巻きに眺める者も、近寄って来て遠慮なく観察する者も、殆どが凡庸な人間の姿をしている。

ところが、外見からすぐさま変異種と知れる俺や天城を気味悪がる節がない。

「彼らはファラームへ向かう道中だ。誘いは控えられよ。」

「え、そうなの?」

「なんだ…がっかり…。」

むしろ、宴会へ引き込もうとしてはシュオルドに遠慮を促され、失意を露わに力なく去って行く者ばかりだった。

「魔界って、変異種に抵抗ねえのかね~。…いや、この村だけかな?」

「…ヘンイシュ、とは?」

「あ、こっちじゃそんな風に呼ばれないのか?人間界だと、魄能があったり…。」

言葉を一時止めた兄が、上着の内部へ押し込めていた純白の翼を広げる。

「…この羽みたいに、人間に無い物がある奴の事を変異種って言っててさ。まあ、色々と肩身が狭いんだ。それがいい加減嫌なんで、カオス=エメラルド探しにこっちに来てね。」

「…成程…。」

シュオルドは重々しく呟き、二三にさん浅く首肯する。

「…伝えておくべきか…。」

「伝えておく?何を、どなたに伝えるおつもりなのでしょうか?」

「…いや、済まぬ。大した話ではない。それより、村長の住まいに着いたぞ。」

「お?…あら~…ご立派だな~…。」

紅炎さんをはじめ、皆が静かに感嘆の息を漏らした。

他の住宅と同じ材質なのは素朴、ともすれば手抜きや貧相にすら映る。

ただ、2階建てとなっており、小規模ながら庭も備えているのはいずれも村内唯一であり、首長の生活基盤と聞けば納得できるだけの威厳は十分に示されていた。






「あれ?シュオルドさん、その人たちは…?」






耳慣れぬ声に振り向くと、1人の少女が視界に現れた。

赤いノースリーブシャツの上に白いエプロン、薄い桃色のロングヘア、成人しつつあるようであどけなさも残る面立ち、そして両手に食材や台所用品の詰まったビニール袋を提げている点は、ありふれたもの。

ところが、腰から下には脚ではなく、鱗で覆われた紅い尻尾が伸びている。

人間の上半身と蛇の下半身を併せ持ったその全体像は、ギリシャ神話においてラミアと称される怪物に酷似していた。

「ここに来たってことは、村長にご用事かな?」

「うむ。ファラーム行きの電車を利用したいそうだ。」

「そっか、村に遊びに来てくれたわけじゃないんだね…久しぶりに大歓迎しなくちゃかと思ったんだけど…。」

俺達にとってソミュティーが通過点に過ぎないと知り、少女は落胆を隠さなかった。

「…えッと。アンタ、誰?」

「あっ。私、メイアって言うの。村長のお家で、家政婦をしてるんだ。」

「へえ~、メイアちゃんね~。顔も可愛いけど、名前も可愛いな~。」

「えっ!?や、やだなあ…!私、そんなにかわいくなんて…!」

紅炎さんに軽々しく持ち上げられ、メイアなる少女は頬を赤らめて口元を押さえ、右手を団扇の様に振るう。

花も恥じらう容姿の割に反応が中年臭いのは、実年齢は結構な物なのか、それとも所帯染みた仕事をしている影響か。

「しかし、君と言い他の人達と言い、オープンな村だね。」

「それはもう!私たち、村を襲うようなヒドい相手じゃなければ来る人拒まず、がモットーだもん!」

「…人間界より、良い村かもな。」






「おや…人間界からのお客さんにお褒めを頂けるとは、光栄ですね。」






懐の大きさに敬意と少々の羨望を抱いて独り言ちたところ、村長の家の扉が開く。






「我が村も、多少は自慢できる土地になった…という事ですかな。」






顔を見せたのは、濃い緑色の和服を着込んだ老人であった。

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