第3章 死ねない死神

3-1. 訪問者

 燃えるような赤、何もかもを燃やし尽くす赤。赤い郵便配達員のクー・ドィ・フードゥルは、その瞳の印象とは正反対に、ひんやりとした口ぶりと視線を持つ男だった。その冷淡さと情動の温度差に触れても、アルノが落ち着きを取り戻せたのは。コーヒーの暖かさと、キッチンに現れたコローのおかげだ。


 赤い訪問者の姿を認めるなり、コローは呆れ切った声色で「何やってんだ」やら「どこから入った」やらぶつぶつ文句を言い始める。しかし、その問いは特に答えを求めたものでもないようだし、クーは慣れた様子でコーヒーカップをコローに手渡していた。この妙な風景は、ありふれた日常なのだろう。

 青と赤の郵便配達員を見比べながら、アルノは思う。確かにここは、自分が生きてきた場所によく似ている。だけど、何もかもが違う世界だ。


「またサボりか、元優等生」

「お邪魔しているよ」


 クーの口調が冷たく感じるのは、彼が乱暴な話し方をするからではない。その逆で、クーは丁寧に一つ一つの言葉を発音する。しかしその姿勢はまるで、言葉は自分にとって関係のない産物でしかない、仕方がないから使っているとでも言いたげな音に聞こえる。


「僕は、青の最後尾にご挨拶をしに来ただけのしがない二番手さ」

「そりゃご丁寧にどうも」


 コローはまた、そんなことちっとも思っていないように言い捨ててから、アルノの方を見て顎をしゃくった。


「こいつが、赤の二番手」


 随分雑な説明だ。


「あ、あの、死神って、青も赤もいるんですか?」

「はあ?」

「実は、二番手とか最後尾とか……。それもよくわからなくて……」


 正直に言ってみれば、コローは目を丸くしてから、「ああ」と頭の後ろを雑に掻いた。どうやら、アルノが何も知らないということを思い出したようだ。一方のクーは、涼しげな目で面白がるようにコローの様子を眺めている。コーヒーカップに隠れているが、薄い唇はわずかに口角が上がっていた。

 

「コロー、まだ彼に何も教えてあげていないのかい? 繕いはさせたのに」

「あーあー。忘れてたんだよ、忘れてた。教えることが多くてな」

「それはそうさ。ちょっと前まで人間だったんだから。そうだろう? アルノ」


 急に名前を呼ばれれば、心のざわめきに心臓が大きく鳴る。その勢いのままうなづけば、満足そうにクーは目を細めた。


「アルノ、君、なかなか美しい顔立ちだ。さぞ、ご両親は美形なんだろうね」


 騒がしい心臓を、冷たい手で鷲掴みにされたような心地がした。青い針で貫かれたように、油の切れたブリキ人形のように、アルノの体は固く強張る。しかし、クーはそれを意に介さずに、質問をもう一度繰り返した。


「君の家族は今、どうしているのかな?」

「おい、クー」


 口を挟んだのは、コローだった。その剣幕は、先程までの軽口とはわけが違う。雑な物言い、不愛想な表情。それとは大きく異なるものが、彼の青い瞳に宿っていた。使い古された言葉で言うならば、殺気にも似た何かが。そしてもちろん、クーはそれを気にする素振りも見せないでいる。

 アルノが返事をしなければ、二人はどうしていただろう。

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