始まりの予兆

空っぽになったざるがそのままテーブルに放置されていた。


「ソバ……」

ドラコが呟く。

「なんだよドラコ。そんなに蕎麦嫌いだったのか?」

「いや、ソバって初めて食うたけど、あんなボソボソしたもんやと思て…」

つまり不味かったという事である。

ケントは得意そうになりながら肩をすくめてみせた。

「ハァ…全く、これだからシロートは」

「何言うてんねん。燃やしたろか?」

いがみ合うバカ2人(1人と1匹)。


「二人とも!!」

間に別の声が入ってきた。

アンリだ。

「今は、そんな事してる場合じゃないでしょ!!」

「「……」」


アンリの叱責で縮こまるバカ2人(1人と1匹)。

「それで、ケントくん。君の怪我はどうなってるの?」

今の彼女はケントのサイズ違いでダボダボなシャツを着ていた。

ピンク色のショートの髪は後ろで束ねていた。


「ま、まぁ。ぼちぼち…」

「ぼちぼち〜??そんな訳ないでしょ」

「いや、だってさ———」


ピンポーン。

突然、インターホンが鳴る。

ケントは慌てて玄関へと行き、ドアを開ける。


「よっ」

ツバサとヘイゾウがいた。


どちらもサイバースーツではなく私服だった。

ツバサはカーキ色のフライトジャケットを夏なのにも関わらず羽織り、その下にはシャツ一枚という格好。


対してヘイゾウは水色のポロシャツをお洒落に着こなしていた。

いや、そんな事はどうでもいい。


「えっ、なんでここが…」

別にツバサ達には住所など教えていない。

何故、自分の家を知っているのだ。

「お前の行動ログを見てここまで来た」

「怖っ」

ストーカーのレベルだよ、それ。という言葉を飲み込み、ケントは家の中に二人を入れる事にした。



「ジンジャーエールしかないけどいいか?」

「ドリンクのセレクト渋いな…」

「好きなんだ。仕方ないだろ」

ケントは二人にジンジャーエール入りのグラスを渡す。


ソファに二人を座らせケントとエルは床に座る。

「で、何しにここに?」

「お前たちに要件が出来た」

「要件?」

「歌舞伎町に巨大生命体の反応があった」


あの蝶の事だろうか。まさか今更何とかしろと言うつもりか。

 

「その生命体の反応が昨日池袋で消失した」

「消失…?池袋で?」

「そう。それで、池袋に行ってみたんだが…池袋駅周辺の天神廟チェーンが全て破壊されていた」


天神廟チェーンとは…端的にいえば、祠である。

次元衝突によって異世界が接続された際、東京の各所にムラが出来ていた。

そのムラは異世界を繋ぐゲートの役割を果たしており、自由に世界を往来できるようになった。


しかし、異次元移動の危険性と、国家転覆行為の可能性が示唆され、ゲートは封鎖。その上に現在の天神廟チェーンが設置された。


ケントの家の周りにもちょくちょく見かけるモノなので設置された意図は分からずとも、天神廟チェーン(一般的には祠と呼ばれている)がどういうものかは知っていた。


「他に…壊された祠ってあるのか?」

「それが、分からない。池袋周辺は危険度クラス“黒”の——つまりヤバいって事だ——エリアの調査が困難なんだ」

「おい、まさか…」

「そうだ。お前と、エル・シーズンで行くんだ」

そんなものを押し付けるなよ、と一人ごちりながらあからさまに嫌な顔をしてみせた。


「そんな顔しても決まったものは決まっている」

なんて日だ。



———

燦々とネオンが輝く街の中で。

黒焦げの彼は震えていた。爛れた腕が、炭化した指が微かにアスファルトの地面に触れようとして。

「い、きて……ル?」


ふと見ると、焼け焦げた右腕が徐々に復元している。


彼は、まぶたをおもむろに上げる。

翡翠色の瞳が眩い灯りに照らされてギラギラと光っていた。


「はは…」

乾いた笑みを浮かべて星のない夜空を見上げる。

(コイツは、楽しくなるな…)


その胸に一冊の本が赫く輝いていた。

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