第8話 捨てる神あれば拾う神あり

「そ、それ……聞いちゃいます?」



 凍り付いたその場を少しでも和らげるために、私は少しおちゃらけた言い方で場の雰囲気を変える。

 最初は自分が悪かったけど、その後くだらない理由で辞めさせられてしまったことをかいつまんで話すと、狐崎こざきと栗栖は顔を見合わせている。

 空気に耐えられず、私は自分から自分を貶めるように付け足した。



「本当に、くだらない理由ですよね。親に聞いたことがありますけど、昭和の時代みたいです。えへへ」


「人の本質を見れない経営者やったんですね。自分で確かめもしないで人の言う事を信じるなんて、大会社なら仕方なくても人数が少ない中小企業の経営者としては、あってはいけないことです。

 いやあでも、ほんまにその経営者の人に感謝せんとね。そうやなかったら板狩いたかりさんに逢えへんかったわけやから」


「ほんとだよな! 言っとくけど、狐崎オーナーがここまで話す相手って、心を許してる奴だけだからな!?」


「あれ、栗栖くん。僕、そんなになまってました?」



 私と栗栖は同時に頷いた。そう言われてみると、話を進めていくうちにどんどん京なまりが強くなってきていた気がする。

 わたしたちの顔を交互に見ると、狐崎こざきは顔を赤くして両手で顔を隠し、うつむいた。

 なんとも可愛い仕草にこちらもちょっと照れてしまう。



「大丈夫ですよ、狐崎こざきさん。私はそういうの、気にしませんから。むしろ素敵で憧れちゃいます、京なまり!

 それに……」



 そこまで言うと、私は狐崎こざきと栗栖の顔を交互に見て、嬉しさ100%の顔でお礼を言った。



「私のデザインを喜んでいただけて、認めてくださってありがとうございます! 本当に嬉しいです。

 まだまだ若輩者ですが、きちんとご満足いただける物を制作しますので、よろしくお願いします!」



 勢いよく下げた頭が、テーブルにぶつかり「ゴン」という音を立てる。

 慌てて私がまた謝ると、その様子を見て狐崎こざきと栗栖は涙が出るほど大笑いをした。そこにプレゼン現場の緊張感など一切ない。

 つられて私も笑うと、狐崎こざきは笑いながらこう言った。



「ははは。僕はアナタのことが気に入ってしもた。就職先、探してあげるかわりに、しばらくこの<あやかし街>で困ってる店の人らを助けてやってくれんかな? もちろん、助けてくれた分はきちんと報酬は支払うし、なんやったらうちの食事も付けますよ」


「ええ!!? そんな、就職あっせんまでしていただけるんですか!?」


「もちろん。うちの店に来る人らはみんな訳アリな人ばっかりやけど、大きな会社の社長さんとかも居てはるから。声かけておけば情報は入るしね」


「何から何まで、ありがとうございます! よろしくお願いします!」



 たった一日で無職になった私だったけど、捨てる神あれば拾う神ありとは良く言ったもので、たった数日でこんなにも転じるものなのかと震える。


 あの日、神様にお願いして良かったと感謝の気持ちでいっぱいになる。神様が聞いてくださったから神の眷属という二人に出逢う事が出来た。

 行動しないとチャンスは手に入らないと誰かが言っているのを見たことがあるけど、本当にそうなんだと思う。



「それから、僕は今後板狩いたかりちゃんって呼ばせてもらうことにする。ええ会社紹介するから、前の会社の人ら見返してやろやないか!」



 そう言ってニヤリと笑う狐崎こざきは、今まで見た中で一番悪い顔をしている。隣の栗栖は半眼で、こうなったらどうにもならないという呆れた顔をしている。



「で、では! 狐崎こざきさん、栗栖さん、本日いただいた修正案を後日お持ちしますね。いつ頃お手すきでしょうか?」


「うちはいつでも。夜以外は閑古鳥このとおりですから」


「では、明後日の同じ時間はいかがでしょう?」


「ええね、早う板狩いたかりちゃんのメニュー表、使ってみたいわー! お客様の反応が楽しみや」


「あー、では……そうですね。お客様の反応を見るためでしたら本日お持ちした、文字だけのメニューをしばらくご利用いただくのはいかがでしょうか?

 どちらにしろ写真を使うデザインの場合は撮影が必要となりますので、まだしばらくお時間がかかりますし……。実際使ってお客様の反応を見ながらメニューの改善をすることも可能ですよ」


「なるほど。でも、それやと板狩いたかりちゃんの負担にならへん?」


「いえいえ! 改善していくって楽しいですよ! 今回の部数でしたら印刷に出さず、プリントアウトで対応しても良いと思っていましたから。お店にプリンターはございますか?」


「そんなもの、あると思ってんの? うちの店見たら分かる通り超アナログだぜ? しかもこの男がパソコン得意そうに見えるか? かろうじてネットが使えるだけだ」



 栗栖がオーナーの事をこの男呼ばわりし、さらに親指で刺すという失礼なことをしているにもかかわらず、狐崎こざきはそれを注意することもなくヘラヘラと笑っている。

 その様子を見て、二人の関係が信頼のもとに構築されたものだと感じた。



 ちょっと、うらやましいかも。



 ついついぼそっと、そんな言葉が口からこぼれる。



「そんな良いもんじゃねえよ」



 私の独り言を聞いた栗栖が、少し照れながら否定をしてきた。でも、言葉とは裏腹に顔は照れているので肯定と取りますよ!と心の中で返しておいた。



「それで、板狩いたかりちゃん。文字だけのメニューはいつから使えそう? 出来れば早く使ってみたいと思うんやけど」


「そうですねぇ。プリントアウトはこの近くにあるプリントサービスを利用すれば問題ありません。一応念のため、これ持ってきていますので!」



 そう言うと、私は荷物の中からバナナ(Bnnというメーカーの製品)のノートパソコンを取り出して見せた。

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