第7話 どうでもいいことに気が付けるのがデザイナー

 翌日、提案書と出来上がったデザインを持ってリーフ亭へやってきた。

 正確には行こうと思って来てはみたものの、やっぱり道が分からずウロウロする羽目になった。約束した時間が迫った頃に栗栖が迎えに来てくれたので、事なきを得る。

 子狼ちゃん姿の栗栖は本当に可愛くて抱きしめたくなる。そんなことをすればきっと悪態をつかれるのだろうということは分かるので、流石にしないが妄想くらいは許してほしい。



 最初にあやかしと聞いてびっくりしたけど、人外だと思えばあの容姿の美しさも納得しちゃうなあ。



 先導する栗栖の優雅なふさふさしっぽを見ながら、そんなことをふと考える。

 狐崎こざきさんも、よくよく考えたら名前に狐って入ってるし、名前が碧葉あおばだったことも「リーフ亭」というお店の名前の元になっているのかもしれない。

 デザイナーと言う職業柄、こういった普通の人には<どうでもいいこと>をついつい妄想してしまう。



 そういえば、お店のロゴも無かったから、作りたいなあ。作らせてくれないかなあ。メニュー表がOK出たらだけど、聞いてみよう!



 もう私に正体を明かしたからか、あやかし街に入った頃には栗栖が男の子の姿に戻った。

 変わっていく姿に全く気が付かないくらいスムーズだったので流石に驚いたけど、本人は「普通だろ」とそっけない。もっと変身が見たいと詰め寄ってはみたけれど、グイグイ来られるのが苦手なのか少し怒らせてしまった。

 流石に、これは申し訳なかったと反省する。


 リーフ亭に到着すると、やはり店にお客様は居ない。



「今日はランチ当選者様は居ないの?」


「ああ、あれは毎日やってないんだ。何て言うか、応募者の中から強い念みたいなものが届いている時だけ。当選者は神が決めているからな。あんたもしたんだろ? 当選前に神頼み」



 そういえば、狐崎こざきもそんなことを言っていたと思い出す。

 あの時、神様にお祈りをしなければこんな素敵な出会いが無かったと思うと本当に有難い。

 あとは就職先さえ決まれば……。なんて、思わず欲深い事を考え始めあわてて頭を横に振る。



 邪念は捨てないと! 今からプレゼンなんだから!



 気合いを入れ直し、たどり着いたリーフ亭のドアを栗栖に続いてくぐると、待ってましたとばかりに狐崎こざきが大歓迎してくれる。

 本当は、メニューを何とかしたかったと思っていたのもあり、楽しみにしていたそうだ。



「こんにちは、狐崎こざきさん! 今日はよろしくお願いします」



 頭を深々と下げると、狐崎こざきもつられて頭を下げる。

 それを見て、面白そうに栗栖が笑っている。あの年齢の子は、大人がビジネスマナーで頭を下げる姿をあまり見たことがないのかもしれない。

 通された席に座ると、表紙に<リーフ亭様メニュー表改善提案>と記載してあるプレゼン資料を手渡す。表紙は味気なくないように、リーフ亭という名前から葉っぱの素材イラストをあしらったのだけど、それを見て狐崎こざきがえらく興奮している。



「わあ! 表紙から素敵ですねぇ! こんな風にきちんとした資料なんて作ってもらえるんですね? わああ、僕は今、感動しとるんですよ! 板狩いたかりさんに頼んで、ホンマに良かったです!!!」



 まだ表紙を見ただけなのに、やたら興奮しているのが分かる。


 今までは企業案件ばかりやってきていたので、こういった資料を作るのは当たり前だったのだけど、一般的には違うのかもしれない。

 そう考えると、前の会社は小さな家族経営の会社だったけど、取引先はキチンとしていたことに気が付いた。奥さんは嫌な人だったけど、いい仕事をさせてもらってたんだなと感謝をしながら話を進める。



「では、表紙を開いて二ページ目をご確認ください。まずはカウンター周りのメニューについてご提案です」



 現在のメニューが抱える問題点などをあげ、改善案をまとめた資料を見ながら補足して話していく。

 狐崎こざきは感心するように「ほおほお、へえ~!」と言った相槌を時折交えながら、話を真剣に聞いてくれる。途中でこれはどうして?などの茶々が入ることもなく、話をひととおり聞いてくれる姿勢が嬉しい。

 メニュー表のご提案に差し掛かった時に、原寸サイズにプリントアウトして製本したメニュー表を手渡すと、嬉しそうに目を輝かせていた。



「最後のページですが、僭越ながら先日お伺いしたときに感じた私がお手伝いできる範囲での改善点をまとめました。読み上げはしましたが、またお時間があるときに目を通していただけると幸いです。

 プレゼンは以上となります。いかがでしょうか? 分からないところなどござませんか?」


「いいっっっ!!!」


「……いい?」



 間髪入れずに「いい」という言葉は、今までいただいたことが無かったので驚いてオウム返しをしてしまう

 狐崎こざきは私が作ったメニュー表のサンプルを腕に抱えている。



「ホンマにこれを一日で作ったんですか? どんな魔法使ったら出来るんですか? しかも二案もご提案いただけるなんて、僕は感動しとるんですよ!!!

 栗栖くん、メニューはどっちが良いと思いますか? 僕はアカン、どっちも素敵すぎて決められへん!」



 呼ばれて栗栖が狐崎こざきの隣にやってくる。

 この二人が並ぶと、本当に美しくて見とれてしまうし、イケナイ妄想をしちゃいそうなくらい絵になる。二人がメニュー表について議論している姿を、しばらくの間うっとりと眺めてしまった。


 どうやら二人の意見は割れているようだ。

 メニューを見ればお料理の内容が分かる写真付きがいい狐崎こざき、文字だけのメニューの方が飽きがこずお洒落だと言う栗栖。

 なかなか前に進まないようなので、その場で折衷案のご提案もしてみる。



「お料理の写真が入っていて、かつシンプルなイメージがよろしければ───そうですね、このように一部のメニューの写真を背景として掲載するか、少しだけ掲載するというのもありだとは思いますよ」



 さらさらとイメージを紙に描いていくと、その様子を見てまた狐崎こざきは感心する。



「わあ、凄い! どうやったらこんなに簡単にイメージを紙に描き起こせるんですか? ホンマに良い人と出逢えてよかったです」


「本当だな。何でアンタそれだけ腕があるのに無職なんだ?」



 栗栖の爆弾投下で、その場の空気が一瞬にして陽だまりの空間から寒冷地帯へと変貌した。

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