第5話 子猫ちゃん?

「どうしたんですか、その耳! コスプレですか? あ! しっぽも付いてる~! お二人ともお似合いですね」



 目の前の栗栖と狐崎こざきの頭には、よく見るとちょこんと動物の耳がついていた。お尻にはしっぽのアクセサリー。

 しっぽのアクセサリーは、なんだかリアルに横にゆらゆら揺れている。

 イケメンのアニマルコスプレなんて、イラスト以外で見た事がなかったので、とても新鮮で面白い。まじまじと耳としっぽを眺めると、とってもモフモフだ。

 モフモフを見たら触りたくなるのが人の性というものである。



「あの、しっぽふさふさですね。何の毛を使っているんですか? 触っていいですか?」



 OKの返事をもらう前に───本当に軽い気持ちで───より近くにいた栗栖のしっぽを掴むと「ギャン!」と栗栖が悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。



「ひゃ! ごめんなさい!!!」



 悲鳴に驚いて頭を下げると、そこには崩れ落ちたはずの栗栖が……いない。

 代わりに昼間見た、シルバーグレーの子猫ちゃんがうずくまっていた。

 どういう手品だろう?とあたりを見回すが、栗栖は見当たらない。

 そんな私の姿を見て、狐崎が笑いを必死にこらえている。



「ぶはっ!!! アカン、これはもうアカンわ!!! やられてもーたな、栗栖くん!」



 もうだめだとばかりに、狐崎こざきは後ろのカウンターに倒れ込むようにして笑っている。狐崎が後ろを向くように身体を返し、カウンターに身体を伏せたその瞬間、ふさふさのしっぽの先が私の顔を撫でた。

 何だかよく分からないけど、とっても気持ちが良い毛質のしっぽを、ぎゅむっと反射的に掴んでしまった。

 ただそこにモフモフがあったから握ってしまっただけなので、私に非はないと言っておきたい。

 狐崎こざきも「キャン!」と悲鳴を上げると、そのまま床へ崩れ落ちる。倒れ込んだ先には、中型犬くらいの大きさの黄色の毛並みの動物が座っていた。



「!!?」



 事態が飲み込めず困惑していた私は、このあと更に困惑することになる。黄色の毛並みの動物が喋ったのだ。

 狐崎こざきの声で。



「あーあ。僕もやられてもーた! 栗栖くんのこと言ってられへんな!」


「!!?」


「とりあえずしっぽ! もう一回握れよ!!!」



 今度は栗栖の声でシルバーグレーの子猫が喋る。良く分からないが、言われるがままにしっぽを握るとその場に狐崎こざきと栗栖が現れた。

 何が起きたのか分からない私は、軽くパニックになって言語を失った。


 奥に座っている客もこちらに気が付いて笑っている。やはり何かのショーだろうか? 呼吸を整え、心の中で「これはマジックだ!」と自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。


 狐崎こざきが私の方に向き直り、耳打ちしをしてくる。



「実は、僕らは人間やないんです。あやかし……妖怪と言えば分かります?」


「よ……よう!!? むぐ!!!!!」



 驚いて叫びそうになった私の口を狐崎こざきが塞いだ。顔は近いし、初対面の男性(しかもイケメン)に口元を塞がれるなんて心臓が持たない。

 思わず顔が赤くなるのが分かる。そんな私の心中を知ってか知らずか、狐崎こざきはさらに顔を近づけて囁くように続ける。



「板狩様、あんた神社でお祈りしましたやろ? あの神社、稲荷なんです。あそこの神さんにお祈りできるひとは、本当に困っている人か僕らあやかしの力になれる人って決まってるんですわ。

 板狩様はホンマに選ばれたお人なんです。分かって貰えますやろか? それから、他のお客様も居るんで、店の中で大きな声は勘弁してください」



 緊張と口を塞がれたことで息が苦しい私は、とにかく首をブンブン振って頷くと狐崎こざきは手を離してくれた。

 はーはーと息を整え、もう一度狐崎こざきと栗栖の顔を交互に見たあと、奥に座っている客を見る。



「もしかして、向こうの人たちも……?」


「半分正解、半分ハズレだ。この店はあやかしと人間を繋いで仕事を仲介する場になってるからな」


「そういうことです。人間のお客様とあやかしのお客様です。ちなみに、僕は妖狐で、栗栖くんは妖狼やね。イヌ科の縁で同じ神さんの眷属してます」


「え、狼…………?」



 妖狼と聞いて、思わず栗栖を上から下まで舐めるように見てしまった。

 変化した姿は猫にしか見えなかったけど……言われてみれば犬っぽくも見えなくもない?

 私がどうして疑問形になったのか、狐崎こざきにはお見通しなのかまた声を出さず震えるように笑っている。それを見て栗栖はどんどん不機嫌になっていった。

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