うまのシャルロット~悪魔っ娘を乗せて~
於菟
第1話
ボクのお父さんは昔、勇者を乗せて悪い奴を倒す旅のお手伝いをしていたらしい。だからボクは鼻が高くて、友達のハナちゃんによく自慢していた。ハナちゃんはいつも笑って聞いてくれて、僕は勇敢な父と優しい母と仲良しのハナちゃんと一緒に過ごす日々が好きだった。
ボク達はいろんな土地を渡り歩いて暮らしている。たまに背中に人を乗せて運んであげて、お礼に美味しいものを貰ったりもする。ハナちゃんはわたあめが好きと言っていたけど、ボクが食べようとしたら口の周りにベタベタついて全然食べられなかったからボクはあまり好きじゃない。
女の子はよく分からないものを好きになるとお父さんが言っていたけどその通りだと思った。
ある時、旅人さん御一行にお願いされて、背中に乗せて旅のお手伝いをすることになった。お父さんとその旅人さんは知り合いだったようで、知らない話で盛り上がっていた。
そんな時はボクはいつもハナちゃんとお話をする。ハナちゃんはボクの知らないことをたくさん知っていて物知りだ。そういえばハナちゃんはどこの出身なんだろう。ボクが物心ついた時には既に生まれた場所から離れたところを歩いてたけど、ハナちゃんの話もいつか聞いてみたいと思った。
ハナちゃんは身体が弱くて、旅人さんを運ぶ時は僕がハナちゃんの分も背に乗せている。ちょっと辛いけどお父さんは軽々と大人を乗せているので本当にすごい。
次の日には背に乗せた人達がお話をしてたので中々ハナちゃんと話す機会が無かった。ハナちゃんは自分だけ人を乗せられないことを気にしていたようで、僕らから少し離れた場所をついてきていた。
そんなハナちゃんの様子も気になったけど、ボクとしては旅人さんの話も気になって仕方なかった。昨日の夜にお父さんに聞いたところ、今乗せてる人たちはお父さんと一緒に旅をした昔の勇者さんらしく、今も悪い奴を退治する旅をしているらしかった。
ボクはお父さんみたく立派になりたくて勇者さんの話を集中して聞いていた。だから勇者さんにいきなり止まれって言われても分からなくて、びっくりしてお父さんにぶつかっちゃった。
どうしたんだろうとお父さんと勇者さんの顔を見てみたけど、お父さんが見たことのない真剣な顔をしていて少し怖くなった。
"……お母さんがいなくなった"
"何も気配はしなかった……、自分からいなくなったのか?"
"離れる時は声をかけるように言ってたんですが……"
"嫌な雰囲気になってきたな"
勇者さんが言うように辺りは少し暗くなっていた。それにしてもお母さんはどこに行ったんだろう、そういえばハナちゃんもいなくなっている。
ボク達はここで待機するように言われて、勇者さん達はお母さんを探しに行ってくれた。勇者さんが剣を抜いていたのと、お父さんの身体が震えているのを見てボクは
だんだんと事態を呑み込めてきた。
"お母さん、平気だよね?"
"勇者さんを信じて待つんだ"
そう言うお父さんを見ると震えが止まっていて勇者さんを信じた目をしていた。僕もそんなパートナーが欲しいなと憧れた。
"ハナちゃんも大丈夫かな"
"そういえば今日ずっとハナちゃん元気なかったよね"
お父さんが返事をしてくれないのでボクは独り言を言っているみたいになった。するとボクの背に乗っていた勇者さんの無口なお仲間さんが言った。
"貴方達、いなくなった子合わせて3匹だけじゃないの?"
僕は憤慨してお仲間さんの顔を見た。お仲間さんは本当に困惑しているような顔をしていた。ボクは嫌な汗が流れるのを感じた。そしてお父さんの顔を見ると、苦虫を噛み潰したような顔でこう言った。
"あれは私達の仲間じゃない"
ボクはお父さんを嫌いになった。ボクはハナちゃんを探しに行こうと駆けだした。お仲間さんはいつの間にか背中からいなくなってたけど知るもんか。ハナちゃんを嫌うのは悪い人だ。
ボクは走った。次第に息が上がって視界がおぼろげになっていった。涙が止まらなかった。そういえばハナちゃんがどこから来たのかボクは知らなかった。大事な友達を疑う自分が嫌になって頭が混乱した。いつの間にかボクは眠ってしまっていた。
目が覚めると目の前にお母さんがいた。その周りにはお父さんと勇者さんとお仲間さんがいた。お母さんが無事だったことが嬉しくて勇者さんの前でお母さんに甘えてしまった。お母さんは優しく受け入れてくれた。
"……ハナちゃんはどうなったの?"
僕はお母さんの身体に顔を隠しながらそう声を絞り出した。また涙が止まらなくなっていた。だって、勇者さんが連れてる得体のしれない何かからハナちゃんの臭いがしてしまったから。
"ハナちゃんは食べられちゃったの?"
僕は分かっていた。けど自分の口では認めたくなかった。
"シャル、お前がハナと呼んでいたアレは悪い奴だったんだ"
"お前に憑りついて悪さをしてやろうと企んでいたに違いない"
"だから私は勇者さんに依頼して退治してもらったんだ"
"お母さんまで巻き込まれてしまうのは想定外だったが、無事でよかった"
ボクは地面にへたり込んでしまって立ち上がれなくなった。するとハナちゃんらしきモヤモヤとしたものがボクに近づいてきた。
"……!"
"大丈夫、もう力は無い"
勇者さんが言うように、モヤモヤは僕の周りをモヤモヤとしていただけで何もせず、少しモヤモヤとした気持ちになった。
するとモヤモヤは次第に輪郭をはっきりとさせていき、一人の人間の姿になった。
"勇者さん、これは……"
"ああ、昔倒したのに似てるね"
人間の女の子のような見た目になったハナちゃんは口を開いた。
"チロちゃん、ごめんね"
ハナちゃんは僕のことをチロと呼んでいた。僕の名前はシャルロットなのに。
"ハナちゃん……、どうして……?"
"チロちゃんの方が可愛いでしょ?"
"……! そうじゃなくてっ!"
それがハナちゃんの最後の言葉だった。ハナちゃんはボクが思わず突っ込みをいれると口元に笑みを浮かべて消えていった。
"もう存在するのも精一杯だったはずだけど"
"君に言いたいことがあって消えないように耐えてたのかな"
勇者さんはそう言ってくれたけどボクはハナちゃんが何を言いたかったのか分からなかった。けど一つだけ思うことがあった。
ハナちゃんは本当に悪意を持っていたんだろうか。
勇者さんとお父さんもハナちゃんの最後を見てそんな風に思ったらしく、二人とも泣きじゃくるボクをなだめてくれた。
そして勇者さんがまた旅に出ることになってお別れの日、勇者さんはボクに謝ってくれた。
"シャルロットくん、ごめんね"
僕はそんな言葉要らなかったけど、どうしようもないことだって分かったから、けど素直になれず下を向いて頷いた。
"二人ともごめんね"
そう言って勇者さんはお仲間さんの方を見た。ボクが勇者さんの視線の先に目を向けると小さくなった人間姿のハナちゃんがいた。
"私が助けてあげたんだからね"
無口で不愛想だと思ってたお仲間のお姉さんがどや顔でそう言い胸を張っていた。けどボクはそんなことどうでもよかった。
"ハナちゃん!"
"チロちゃん!"
"あ、あと勇者! 私はもう悪さしないんだから見逃しなさいよね!"
勇者さんは不用意にハナちゃんの生命力を奪ったことで自責していたようだが、ハナちゃんが元気な姿を見せたおかげか少し立ち直っていた。
ハナちゃんは姿がちょっと変わっちゃったけど変わらずハナちゃんだった。お父さんも勇者さんと同じ風に見守っていたけど、お母さんはボクとハナちゃんの方に近づいてきて、
"これからはちゃんと家族なのね"
と言って自慢の毛並みでもふもふしてきた。ハナちゃんはお母さんとは仲が良かったので、お母さんはハナちゃんが悪い奴じゃないことに気付いていたのかもしれない。一度ハナちゃんを疑っちゃった自分が恥ずかしくなった。
後日、改めて疑っちゃったことを謝ると、こちらこそごめんねと謝り合いになった。
ハナちゃんは昔勇者さんに負けてから改心したようで世界を旅するようになったようだった。そこで移動しやすくウマに姿を変えていたところ、ボク達親子を見かけて一緒にのんびり過ごすようになっただけらしい。
お父さんは未だにハナちゃんに慣れないらしく、ハナちゃんはそんなお父さんに気を使っているみたいで、たまに遊びにくる勇者さんによると思春期のお父さんと娘の関係に似ているらしい。
何はともあれ、ボクとハナちゃんは今も変わらず仲良しです。
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