2.神の雫
元々涼真は東京に住む大学生。異世界で戦闘なんてしているのはおかしな話だった。
時は数カ月前にさかのぼる――――。
涼真はコンビニのバイトを終え、深夜トボトボと家路についていた。だが、まともに食べていなかったせいで貧血気味になり、近くの公園のベンチまでヨロヨロと歩くとドサッと腰を下ろした。昼間は会計事務所で事務のバイトをして、その後にコンビニバイトというダブルワークで心身ともに疲れ切っていたのだ。
涼真がこんなに働いているのには訳があった。妹の彩夏が悪性リンパ腫というガンに侵され、命すら危ない状況にまで追い込まれていたからだ。涼真にとって彩夏は大切な可愛い可愛い妹、絶対に失う訳にはいかない。しかし、日に日に弱って行く妹にできる治療は限られていた。そして、少しでも生存率の高い免疫療法を選んだが、自己負担分も高額で涼真は大学を休学して全てをバイトに捧げていたのだ。
「明日も朝から会計事務所……。ふぅ……。でも彩夏はもっと辛い目に遭ってるんだ。泣き言なんて言ってちゃダメだよな」
涼真はうなだれながらつぶやく。
カッカッカッ。
高らかに響くヒールの音が近づいてきた。
「ん?」
涼真はうつろな目で顔を上げる。
「大丈夫? これを食べて……」
美しい女性がニコッと笑いながらチョコレートを一粒差し出した。街灯がピアスをキラキラとまたたかせ、パッチリとした琥珀色の瞳が優しく涼真を見つめている。涼真はその魅力的な瞳に吸い込まれるような感覚を覚え、息をのんだ。
「遠慮しなくていいわ、どうぞ」
チェストナットブラウンの髪を揺らし、微笑みながら、女性は涼真の手にチョコを一粒握らせた。
「あ、ありがとうございます……」
空腹でふらついていた涼真には嬉しいプレゼントだった。
涼真はアルミの包みを開いてパクッと口に放り込む。すると、ブランデーの
うわぁ……。
恍惚とした表情で思わず声を漏らす涼真。直後、全身がブワッと青白く光り輝き、同時に身体の奥からとめどないエネルギーが湧き出してきて、疲れもすべて吹き飛び、やる気がみなぎってくる。
そして、見るとさっきコンビニでケガして血がにじんでいた指先の傷も、綺麗にふさがっている。
「こ、これは……?」
あまりのことに驚く涼真。
「このチョコにはね、神の
女性はうれしそうに言った。
「ど、どんな人でも!? ガン患者にも効くんですか?」
「そりゃ、もちろん。どんな人でも効くわ。ガンだって治っちゃうわよ」
涼真は驚いた。そんな現代医学をも
「すみません! もう一粒もらえますか? 食べさせたい人がいるんです!」
涼真は女性の手を取り、必死に頼み込む。
「うーん、そう簡単にはあげられないのよね……」
女性は涼真の気迫に気おされながら渋い顔をする。
「何でもやります! 妹ががんの末期で苦しんでるんです! 何でも……するから……お願いします!」
涼真は頭を下げ、ポロポロと涙をこぼしながら絞り出すように言った。
「何でも?」
「何でもです!」
女性はしばらく宙を見つめて何かを考え、そして、
「じゃあ、魔王倒してくれる?」
と言ってニヤッと笑った。
「は? ま、魔王……。あの、ファンタジーに出てくる……魔王ですか?」
涼真は何を言われたのか分からず、聞き返す。
すると、青い髪の女の子が駆け寄ってきて不機嫌そうに言う。
「美奈さん、ダメよ! あの星は廃棄にするって言ってたじゃない!」
「それは人手が足りなかっただけで、彼がやってくれるならいいんじゃない?」
美奈と呼ばれた女性は涼真の肩をポンポン叩きながら答える。
「新人一人に任せられるような話じゃないよ。誰が面倒見るの?」
「もちろんあなたよ。リソース少し余ってるでしょ?」
「やっぱり……。もぅ……」
青い髪の女の子は
涼真は頭を下げて頼み込む。
「すみません、どうしてもこのチョコがいるんです。魔王でも何でも倒します」
涼真にとって大切な可愛い彩夏の治療はすべてに優先する。たとえ自分の命を危険にさらすことがあっても神の雫は何としても手に入れなくてはならなかった。
女の子はジト目で涼真を眺め、そして、
「めんどくさいなぁ、もぅ……」
と、腕を組んでため息をついた。
「じゃあ契約成立! えーと、城立病院四〇一号室ね。いってらっしゃーい」
美奈はチョコを一粒握らせると、涼真を妹のベッドサイドにワープさせた。
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